第二部 房総半島横断鉄道に乗って

第三章 出会い、そして東京スカイツリーへ(その一)

         一

 小湊鉄道の一泊旅行から帰って来たある日の午後三時頃、京浜急行上大岡駅西口から歩いて五分の所にある喫茶店で、里志と由美子がホットコーヒーを飲んでいた。間口が二間、奥行きが五間くらいの小さな喫茶店である。三年前に長女のカツ子が嫁いで行ったのをきっかけにして、里志と由美子は気軽に喫茶店に行こうと探していたのが、この喫茶店である。毎月一回のペースで来ているから、かれこれ三十回にもなる。

 喫茶店のマスターの名前は中井靖男で、先月六十五歳になったばかりである。妻は五年前に肺癌でなくなっており、二人の息子のうち長男は結婚して大阪に、次男は独身でニューヨークに行っている。それで中井は、アルバイトの女性を一人雇っている。それはともかくとして、里志と由美子には息子と娘が、そして、中井には二人の息子がいるということで、何かと話が合うのである。里志と由美子が順番に先日、小湊鉄道に乗って養老渓谷に行ったことを、ひと通り話し終わると中井が、

「この寒い日に駅から歩いて、しかも一般の人が知らないような場所に出向いて、ご苦労なことですな。それでは、ある人が書いた駅メロのブログを俺にも教えて欲しい。いい歌があったら店内に流そうかと思っている」

 と言ったので、由美子はスマホをバッグから取り出して親切丁寧に教えた。教え終わると同時に、由美子のスマホが鳴った。由美子が画面を見ると、粟又の滝で会った大谷弘子からだった。由美子は嬉しそうな顔をしながら電話に出た。

「もしもし、西野です。大谷さんですね」

「はい、大谷です。先日はお世話になりました。西野さんは、今どちらにおられますか?」

「私と主人は上大岡の喫茶店にいます。先日の旅行話をしていたところですわ。大谷さんは?」

「はい、私と隆行さんは、韓流サスペンス映画『スティールレイン』を見て、今は大宮駅前の喫茶店にいるの」

「まあ、そうなの。上大岡からだと京浜急行で品川まで行き、品川から京浜東北線で行けるから、今度東京駅で会いたいわ」

「そうね。それがいいわ。お電話、代わりますから」

 と言われたので由美子が暫らく待っていると、若い男の声が聞こえた。

「吉川です。今、電話、代わりました。先日はどうもありがとうございました。旅行の帰りに弘子と話したのですが、近いうちにお会いしたいと。それで西野さんのほうから東京駅で会いたいということを聞いて、嬉しく思っています」

「西野です。先日は養老渓谷駅まで送っていただき、助かりましたわ。主人も会いたいと言っていますので、お電話、代わりますわね」

 と言って、由美子はスマホを里志に渡した。すぐに里志が、

「西野です。先日はお世話になりました。東京駅で会うとしたら私たちも、『スティールレイン』を観てからにしたいので、来週の土曜日頃に会いたいと思っています」

 と言うと由美子が小さな声で、

「まあ、あなた。若い女性が一緒だと、すぐ張り切ってしまうのね。私を差し置いてさ」

 と言った。里志はそんなことはないというような顔をして、

「それでは吉川さんと大谷さん。妻と相談の上、ご連絡しますのでよろしくお願いします」

「分かりました。僕も弘子に言っておきますから。連絡が来る日を待っています。それでは、これで失礼します」

 先に電話が切れたので、里志はスマホを由美子に返した。すると中井が、

「早くも旅先のお友達ができたようで。それも若いお二人さんだとか。里志さんと由美子さんも中々やるね」

 と言って笑った。それを聞いて由美子が、

「不思議なのよね。里志さんはのらりくらり、しているのに意外と女性にもてるのよね。私はこの先、心配だわ」

 と言うと中井が、

「由美子さんには、私が付いているからさ。心配ないよ」

 と冗談を言ったので、里志と由美子は顔を見合わせて笑った。そうこうしているうちに、午後六時を過ぎたので由美子が、

「里志さん、そろそろ帰りましょうか。外はかなり寒くなってきたと思うわ」

 と言って、由美子はスマホの天気をクリックした。

「横浜は十二度よ。上大岡駅のスーパーで焼き鳥とお刺身を買って帰りましょ」

「よし、冷蔵庫に残っている缶ビールは二本しかないから、この際、六本買って行こう」

 それから里志が支払いを済ませ、二人は喫茶店を出て上大岡駅に向かった。夕陽が沈むと外はやはり寒い。二人はジャンパーを来てもやはり、北風が冷たく感じる。里志が夕暮れの風のささやきに応えるように、

「俺たちの初冬の日の思い出も、風と共に去りぬ、か」

「あら、里志さん。柄にもなく素敵な言葉を」

 と言って由美子が笑った。