第二部 房総半島横断鉄道に乗って

第一章 養老渓谷駅から小湊鉄道、JRに乗って横浜へ(その三

          三

 それから二人はスマホを閉じて月崎駅に戻り、高滝駅までの乗車券を買った。プラットホームに入って行くと、すぐに十三時六分発五井駅行きの列車が来た。列車に乗って右座席に腰掛けると由美子が、

「次の飯給駅メロは、三橋美智也の哀愁列車だわ。里志さん、懐かし過ぎて涙が出てくるのでは」

「そうだな。両親はラジオで良く聞いていたと思う。自分は専ら東映の時代劇だったね」

「そうよね。TVが普及される前は、ラジオを聞くか映画館に行くことだったもの」

 と、昔話をしている間に飯給駅に着いた。飯給駅を発車すると里志が、

「由美子さん。世界一大きな女子用トイレがあるから。列車から降りて見に行きたいが、次に列車が二本とも運休になっている。車窓から見学しようか。マップを見ると飯給駅を発車すると、すぐに右座席から見えるようだ」

「列車が運休なら仕方ないわ。トイレに行くのは、市原湖畔美術館にしましょうか」

 と言って由美子はマップで飯給駅を検索し、車窓から世界一大きな女子用トイレを見ていた。列車は三分後に里見駅に着いた。

 列車が里見駅を発車すると、由美子がブログを見ながら、

「次の里見駅メロは、リトル・エヴァのロコ・モーションだわ。そして、高滝駅メロは岡元敦郎の高原列車は行くだって。私は二曲とも知らないわ」

「自分もあまり良く知らないよ。歌を聴けば思い出すかもしれない。それじゃ、高滝駅で降りたら、YOU TUBEで検索してみよう。その前にブログを読み直しておこうか」

「それなら私は、市原湖畔美術館を調べておこうかしら」

 と言って、二人はスマホで検索を始めた。しかしながら、ろくに読まないうちに、列車は高滝駅に着いた。

 高滝駅を出た二人は、マップを頼りに寒い中、高滝湖を目指した。市原湖畔美術館に行く橋のたもとに着くと里志が、

「由美子さん。ここは日当たりがいいからひと休みしよう。そして、ロコ・モーション高原列車は行くを聴いてから行けばいい」

「それで五井駅行きの列車は、高滝駅十五時四十二分発だから、まだ二時間近くあるわね。湖があるせいか、午後一時半なのに日当たりが良いと暖かく感じられるわ」

 と言って、今度は由美子がスマホを取り出して、まずロコ・モーションから聴き始めた。少し聴いたところで里志が、

「あれ、その歌は携帯電話のコマーシャルでやっていたね」

「そう、私も聴いたことがあるわ」

「そうか。やはり昔、ヒットした歌というのは、メロディがいいのだろう。次は高原列車は行くだ

 と言うように、二人は二曲を聴き終わると、橋を渡り始めた。

それから十五分後に市原湖畔美術館に着くと、中に入って行った。入り口を入ったところには、円状のエントランスコート、そして、KOSUGE1―16の作品は、コロナ対策でマスクをしているトイソルジャが陳列してあった。館内は暖房がほどよく効いており、寒い中を歩いて来た二人にとっては、極楽にいるような快適さだった。世界一大きな女子用トイレには行けなかったので、二人はまず先にトイレに行った。

 それから、ネットにも書いてあったが、各展示場の入館料は全部まとめて払うようだ。せっかく来たのだから、二人は戸谷成雄の森―湖:再生と記憶 の展示場に入って行った。見ても意味の分からない物体が、きちんと並べてあった。年老いた二人にとっては、説明を読んでもすぐ忘れてしまうだろうというよりも、昔流行ったグループ・サウンズの名曲、森と泉に囲まれて静かに眠るブルーシャトウの歌を思い出してしまった。そんなわけで二人は、ほかの観客の邪魔にならぬよう展示場を後にして屋上に上がった。

 芝生を高滝湖の方に向かって少し歩くと、藤原式揚水機(展望塔)と揚水機の説明を書いた彫刻製のパネルみたいなのがあった。二人は勉強も兼ねて説明版を読むことにした。説明版を読んでから、二人は高さが二十八メートルある展望塔に階段で昇った。房総の山並みや高滝湖の灌漑堰も一望できた。大満足した二人は階段を下りて美術館に」戻って来た。今日見た展示場の入館料一、〇〇〇円を払うと由美子が、

「里志さん。次の高滝駅の発車が十五時四十二分だから、あと三十分くらいだわ。そろそろ行きましょうか」

「うん、そうしよう」

 と言って、二人は市原湖畔美術館を出た。高滝湖に来ると由美子が、

「真昼の時よりも、幾分か寒いような気がするわ。ジャンパーを着た方がいいわね。それはそうと、これでも高原にある虹色の湖ね」

「今日は、いろいろとヒット曲が出てくるね。それじゃ、ボブ・ディランの風に吹かれてと高滝駅まで、ウォーク・ライト・イン(いけいけドンドン)だ」

 それから橋を渡って山道を歩き、高滝駅に着いた時は発車の五分前だった。