雅之たちがワゴン車を降りて外に出ると、雲の谷間から真夏の太陽が顔を出していた。早速、雅之と夕子が隼人をベビーカーに乗せた。雅之は腕時計を見ながら、

「今、十二時半だから食堂に行きましょうか。道路が渋滞していたので少し遅くなってしまいました」

 と言うと利律子が、

「でも、十二時半を過ぎたから食堂は空いてくるかもしれないわ。それに今日は夏休みとはいえ、木曜日で観光客は少ないようだし」

 と言って、みんなと一緒に駐車場を出て、食堂がある通りに向かった。ちょうど手頃なそば定食屋があったので、雅之たちは食堂に入って行った。思っていた通り店内は空いていたので、雅之たちは窓側にある二組の四人掛けテーブルに行った。それを見ていたウェイターが、ベビーチェアを用意してくれた。夕子が隼人をベビーチェアに座らせると、ウェイターがコップに水を持って来て、注文を取り始めた。

 

 その結果、源一郎と正はうどん定食を、和子と利律子はざるそばを、そして雅之と夕子はかつ丼と焼きそばを注文した。隼人にはミルクと離乳食を持って来たが、焼きそばを少し食べさせるのだろうか。

 みんなで暫く雑談していると、ウェイターが料理を持って来た。先にかつ丼と焼きそばが来たので、雅之と夕子が食べ始めた。そして夕子は隼人にも焼きそばを食べさせた。それからすぐに、うどん定食とざるそばが来たので、源一郎たちも食べ始めた。みんなは食べ終わると、雅之が支払いを済ませ、食堂を出て箱根関所跡港に向かった。

 箱根関所旅物語館に着くと、雅之は乗船券を買いに行った。ネットで遊覧船の出港時間を調べておいた和子が、

「遊覧船は一時四十五分に出るから、まだ三十分くらいあるわ。お土産店でも見て時間を潰しましょうか」

 と言ったので源一郎と正、利律子は店内を物色することにした。そして雅之と夕子は、隼人のおむつを取り替えるため休憩所に行った。

 

 出港時間の十分前になったので、雅之たちは桟橋を通って船着場に行った。雅之たちは乗船券を船員に渡して、遊覧船の中に入って行った。船内は比較的空いていたので、雅之たちは客室にあるベンチに腰掛けた。雅之は抱っこしている隼人を正に渡し、夕子と一緒に客室を出て船首の甲板に行った。

 船員のガイドと共に、遊覧船は箱根関所跡港を出港した。遊覧時間は約三十分で箱根関所跡港に戻って来る。遊覧船が少し進んで行くと、右側に箱根神社の朱色の鳥居が見えてきた。芦ノ湖の青い水と青い空の間に、箱根山の緑色の木々が良くマッチしている。

 正も抱っこしている隼人を連れて船首の甲板に行った。そのあとを追って和子と利律子、源一郎も甲板に行った。暫くすると、遊覧船の左舷前方に海賊船が見えて来た。それから遊覧船は大きく左方向に旋回し、箱根関所跡港に向かった。雅之は隼人を抱っこしている正に向かって、

「お義父さん、そろそろ隼人にミルクを飲ませようかと」

 と言ったので、正は抱っこしている隼人を雅之に渡した。雅之は客室のベンチに腰掛けると、夕子も一緒に腰掛けた。正たちも隣のベンチに腰掛け、隼人がミルクを飲んでいるのを見ていた。隼人はまだ生後七カ月なので人見知りすることなく、哺乳瓶を両方の小さな手で持って飲んでいた。その姿を源一郎と和子がスマホで写真を撮っていた。

 

 隼人がミルクを飲み終わる頃に、遊覧船は箱根関所跡港に着いた。雅之たちが遊覧船を降りた所で、雅之は男性の船員に声を掛けた。

「すみませんが、私たちの写真を撮って頂きたいのですが」

「いいですよ。おや、みなさん、お揃いで。七人ですか? ということは六ポケット旅行ですね」

 と言われたので、雅之はにっこり微笑みながら、

「それでは、お願いします」

 と言って、カメラをセットして船員に渡した。二枚写真を撮り終ると、船員がカメラを雅之に返した。雅之はカメラを受け取ると、

「有難うございました。良く写っているので大丈夫です」

「そうですか。それは良かった」

 と言って、船員はみんなに笑顔を向けた。それにつられて源一郎たちも笑顔で挨拶をした。これが六ポケット旅行の微笑ましい姿なのだと思い、みんなは船員と別れてから、桟橋を歩いて駐車場に戻って来た。

 

 駐車場に着くと、みんなは来た時と同じ座席に腰掛けた。雅之は車を発進させ、駐車場を出た所で、

「それでは小涌谷まで戻り、彫刻の森美術館の前を通って箱根裏街道に入ります。今夜泊まる旅館は箱根ガラスの森美術館の近くです」

 と言ったので、正が腕時計を見てから、

「今、二時半だから三時くらいに着くのかな」

「多分、大丈夫でしょう」

雅之が答えた。

 そうこうしているうちに、ワゴン車は箱根ガラスの森美術館の前を通って、今夜宿泊する旅館に着いた。雅之はワゴン車を旅館の駐車場に停めて、みんなは旅館に入って行った。

 

     4

 

 雅之がフロントで宿泊手続きを済ませてから、

「お父さんとお母さんは、これから行く二号棟の二〇一号室で、福山さんが一〇二号室、俺たちが一〇一号室です」

 と言って、部屋の鍵を源一郎と正に渡した。雅之たちはフロントの女性から浴場の場所を教えてもらうと、ロビーを出て二号棟のある建物に向かった。一分ほど歩くと食堂の建物があったので、みんな食堂に入ると雅之が、

「夕食は六時からなので、ここに集まりましょう。そして明日の朝食は八時です」

 簡単な説明のあと、みんなは食堂にあるパンフレットをもらったり、自動販売機の場所を確認したりしてから、今夜宿泊する二号棟に向かった。

 食堂を出ると、樹木に囲まれた石畳の上を箱根の涼しい風が、雅之たちの疲れた顔に優しく語り掛けているようだった。ようこそ箱根へ、と。

 

 一号棟を過ぎて二号棟に着くと、二階建てのアパートのような作りで、二階に上がるには外階段だった。建物は比較的新しく、外回りは綺麗に掃除されていた。ここで雅之が、

「それじゃ、私たちと福山さんは一階で、お父さんとお母さんは二階です。六時に食堂に集まりましょう」

 と言った。

 外階段を上がって二〇一号室に入った源一郎と和子は、ひと通り部屋を見渡すと先に和子が、

「十畳くらいあるわね。ベランダにもテーブルと椅子が二個あるわ。荷物を整理したら温泉に入りましょ」

「今、三時半だから何はともあれお茶を飲もう。温泉に入るのは四時になってからだ」

 と言うと、和子がお茶の準備をした。

 

 一階の一〇一号室に入った雅之と夕子も、ひと通り部屋の中を見渡した。夕子が部屋の中にも、お風呂があるのを確認すると、

「雅之さん、隼人にお風呂入れるのは夕食が終わってからだわ」

「そのほうがいいね。家にいる時も、お風呂に入れるのは八時頃だから。それじゃ、おむつを取り替えてから、お茶を飲もう」

 と言って、隼人を座布団の上に仰向けにした。

 

 隣の一〇二号室に入った福山夫妻も、ひと通り部屋を見渡すと先に利律子が、

「十畳くらいあるわね。ベランダにもテーブルと椅子が二個あるわ。荷物を片付けたら温泉に入りましょ」

「今、三時半だから何はともあれお茶を飲もう。温泉に入るのはそれからだね」

 と言うと、利律子がお茶の準備をした。というように、こちらの老夫婦も源一郎、そして和子と同じような会話だった。

 

 六時になると別棟の食堂前には、雅之たちの家族七人が集まっていた。ウェイターの案内の元みんなは食堂を入って、すぐ真ん中にあるテーブルに行った。四人掛けテーブルが三個並べてあり、左右に椅子が三個ずつ、そして入口に近いテーブルにはベビーチェアが一個置いてあった。つまり隼人の席から見て、左側の席には夕子と利律子、そして和子が腰掛け、右側の席には雅之と正、そして源一郎が腰掛けた。七カ月にして早くも上座に座るということになった。

 ほかの席はというと、四人掛けのテーブルが十五個ほどあり、女子旅の三人と老夫婦が三組、そして両親と女の子一人、両親と男の子二人などが食事していた。さすがに六ポケットはおろか四ポケットの家族すらいなかった。

 

 雅之たちが座席に着くと早速、ウェイターが飲み物のオーダーに来た。雅之と源一郎、そして正は生ビールを、夕子と利律子、そして和子はウーロン茶を頼んだ。飲み物が来る前に雅之が挨拶を兼ねて言った。

「今日は隼人のために福山さんも来て頂き、有難うございます。何と言っても、ここに何のことか分からず、黙って見ている隼人が主役ですから」

「そう、こうして左右に三人ずつ、上座に隼人君が腰掛けているのを見ると、六ポケットとは良くいったものだ」

 正が言うと今度は源一郎が、

「食堂に行っても、遊覧船に乗っても、そして、ここでも俺たちのような家族旅行はいないようだから、隼人君は大したものだ」

 すると和子が、

「別に隼人君が決めたわけじゃないけど、旅行の目的が隼人君の笑顔と成長を見守るためだもの」

 と言った時に、ウェイターが生ビールとウーロン茶を持って来た。と同時に夕子は哺乳瓶を用意した。雅之が乾杯の音頭を取ろうとすると、源一郎たちも生ビールやウーロン茶のグラスを持って、

「それでは隼人のために、みんなで乾杯!」

 と言って、生ビールを口に運んだ。みんなはお刺身やサザエの壷焼き、カレイの煮付け、焼き肉などを美味しく頂いた。暫くの間、隣同志で会話をしていたが、やはり隼人の食べている姿が気になるのか、大人たちの視線は常に隼人の方を向いていた。

 そして、七時十分前頃にウェイターが、ご飯とみそ汁を持って来た。残った料理をおかずにして、みんなはご飯を頂いた。ご飯を食べ終わると利律子が、

「明日行くのはガラスの森美術館だけど、帰りは箱根湯本で昼食ね」

 と言ったので、雅之はこれでお開きにしようと思い、

「はい、その工程で行こうと思っています。それでは、これで終わりにしましょう。隼人もお腹いっぱい食べたし、お料理も美味しかったし、これで隼人をお風呂に入れて寝るだけだ」

 と、どうしても隼人中心に話が進んでしまう。みんなは食後の満足感と隼人の笑顔を見ながら、それぞれの部屋に戻って行った。

 

 二階の二〇一号室に戻って来た源一郎と和子は、NHKのニュースを見ることにした。ニュースが終わると、源一郎はベランダに行った。空を見上げるなり、

「おや、いつの間にか雲が晴れて満月が出ている。これなら明日も晴れて暑くなりそうだ」

 と言う声を聞いた和子もベランダに来て、

「あら、本当だ! 林の中から満月が見られるなんて、ロマンチックで素敵な夜だわ。ねえ、あなた」

 と言われたので、源一郎は年甲斐もなく恥かしくなり、

「まあ、その。和子と一緒に過ごした青春時代を思い出したよ」

「あら、本当に。でも、あなたからその言葉を聞いただけでも、箱根に来て良かったわ」

 その言葉に、またまた源一郎は年甲斐もなく恥かしくなり、

「よし、それじゃ、自動販売機でビールとウーロン茶を買いに行こう!」

 と言うことになり、二人は外出の支度を済ませ、戸締りしてから部屋を出て行った。

 

 一階の一〇一号室に戻って来た雅之と夕子は、隼人をお風呂に入れた。お風呂が済むと、隼人は昼食以降寝ていなかったので、すぐ寝てしまった。静かになったところで雅之がベランダに行った。空を見上げるなり、

「おや、さっきまで曇っていたのに今は満月が出ている。これなら明日も晴れて暑くなりそうだ」

 と言う声を聞いた夕子もベランダに来て、

「あら、本当だ! ベランダから満月が見られるなんて、ロマンチックで素敵な夜だわ」

「よし、今夜は満月を見ながら一緒にビールを飲みたいから、先に温泉に入ってくる。そして自動販売機でビールを買って来よう」

「それじゃ、私は雅之さんが戻るまで隼人を見ているわ」

 と言ったので、雅之は外出の支度を済ませ、隼人の寝顔を見てから部屋を出て行った。

 

 隣の一〇二号室に戻って来た福山夫妻も、NHKのニュースを見ることにした。ニュースが終わると、正はベランダに行った。空を見上げるなり、

「おや、今まで曇っていたのに満月が出ている。これなら明日も暑くなりそうだ」

 と言う声を聞いた利律子もベランダに来て、

「あら、本当だわ! 箱根に来て満月が見られるなんて、ロマンチックで素敵よね。ねえ、あなた」

 と言われたので、正は年甲斐もなく恥かしくなり、

「よし、それじゃ、今夜は月がとっても青いから、二人で散歩に行こう!」

 と言うことになり、二人は外出の支度を済ませ、戸締りしてから部屋を出て行った。

その3に続く。