抱っこしてもらう日時は決めたものの、気が重い。

気を抜くと涙が滲んでくる。

どんな気持ちから滲んでくる涙なのか分からない。

子供の頃のことをできるだけ思い出してみた。

両親が離婚して悲しかった、辛かった、惨めだった。

お母さんを喜ばせるために勉強を頑張った。

経済的な負担をかけまいと欲しい物も我慢した。

私はお母さんに本音を言うとか、相談するとか、頼るとかいうことが出来なかった。

お母さんは頼りにならないという気持ちと
お母さんを困らせたくないという気持ちと
情けない私を見せたくないという気持ちが
あったように思う。

オウム真理教の事件の後「エホバの証人」も同じような宗教とみなされ、職場での風当たりが強くなった時、本当に辛くておかしくなりそうだった時にも、お母さんには相談できなかった。

でも、抱っこしてもらう時には寂しかった、辛かった、悲しかった、そんな気持ちを正直に話して弱い自分をお母さんの前に晒す必要があるんだなと思った。


抱っこの前の日になってようやく気づいたことがある。

私は「お母さんが変な宗教を家庭に持ち込んだことに怒りを感じている」と思っていたけれど

本当は「お母さんを宗教に取られて悲しかった」のだ。

「エホバの証人」は血を分けた肉親より、神との関係、仲間の信者との関係を大事にするよう教えられる。

お母さんの一番の関心事は神に対する忠節であるべきだった。

だから「お母さんを宗教に取られた」その表現が一番しっくりくる。

今日初めて気付いて言葉にすることが出来た。

明日はいよいよ抱っこの日、私はかっこ悪い本音を言えるのか、母親はどんな反応を示すのか。

結果はどうあれ勇気を出して行動した自分を褒めてあげようと思う。