9月2日(金)お母さんに抱っこしてもらった。
結論から書くと
「愛されていると思っていたのに、愛されていなかった。」
そう感じた。
今日することは3つ決めてあって、忘れないようにメモしていた。
①本当は愛されていたと知る。
そのために頭を撫でてもらい、背中をさすってもらって「よく頑張ったね」「よく我慢したね」と声をかけてもらう。
②私は宗教にお母さんを取り上げられた気がして、悲しかったし、寂しかったと本音を伝える。
③「お母さんの人生は幸せだったの?」と質問する。
①について
お母さんはお父さんのことが嫌いで、3人兄弟の中で私が一番お父さんに似ている。
だから正直可愛いと思えなかったそうだ。
その事を申し訳ないと言っていた。
お母さんが帰って行く時に、玄関口でハグした。
私はお母さんをしっかり抱きしめたのに、お母さんからは私を受け入れてくれる感じも、しっかり抱きしめてくれる感覚もなく、早く終わらせたい様子がはっきりと伝わってきた。
これが決定打だった。
「あー私は愛されてないんだ。」
そう思ってしまった。
②について
本音が言えた。
自分の弱いところをお母さんに見せることが出来た。
これで心の鎧が少し外れるのではという期待があるのだけど、効果のほどはまだ分からない。
③について
結婚生活は幸せではなかったし、今は身体中が痛くて辛い。
でも聖書を読むのが好きでそれによって「心は満たされている」と言っていた。
「幸せ」と言えるほどではないけど満足しているという意味で「満たされている」ということなのかな。
①でがっかりした私はひろちゃんと電話で会話して、いろいろ気付かせてもらった。
お母さんに抱っこしてもらう目的は
「お母さんから自立すること」
「お母さんが幸せだったことを知って」
「自分が愛されていたことを知って」
自立して行く人もいる。
遅れてきた反抗期のように「くそばばあ」と言いながら自立を果たして行く人もいる。
私はどんな風に親離れして自立するのだろう。
これから取り組むべき大切な作業は
今日のやりとりを丹念に書き出し
その時の気持ちを書き出し
実際に口に出して言い
その気持ちを味わう。
とにかく「感じて」いっぱい泣く、怒る。
そうやって自分の気持ちと向き合うことが大切だと教えてもらった。
「お母さん抱っこして」は本当に勇気が必要だったけど、その後の気持ちと向き合う作業も地味に辛い…。
逃げたくなってくる。
でも、ここで頑張らないと勇気を出した意味がなくなってしまう。
今の私にとって最も怖いことは「お母さんがこの世からいなくなってしまうこと」
「お母さんが心の支え」になってしまっている。
本当の意味での自立をができたら、お母さんと死に別れることもそんなに怖く無くなるのかもしれない。