6月3日(土)、朝目覚めると同時に頭に浮かんだことがあった。
お母さんは、嫌いなお父さんに似ていた私を可愛いと思えなかったと言ったが、私はそのことに全く気付かずに大人になった。
私が鈍感で気付かなかったのか、それともお母さんがその気持ちを隠して育ててくれたのか、兄弟の中で差別を感じなかったことに感謝した。
ゆっきにラインしたら「お父さんに似ててなかなか可愛がれなかった。」ということは「ほんとうは愛したかったって思ってるってことだよね。」と返してくれた。
可愛いと思えなかったことを「申し訳なかった」と言ってくれたということは「可愛いと思いたかった」ということなんだと気付かされた。
その後ひろちゃんからラインが来て
「感じる」ためには「お母さんの言動からどんな気持ちを感じるのか」
「本音」を知るためには「どうしてそう感じるのか」を探してゆくように
恥ずかしい本音を自分で探してゆくんだよ
とアドバイスをもらった。
エクセルで(私は手書きが苦手なので)縦に3分割の表を作り、左に「お母さんの言動」真ん中に「その時の感情」右に「その時の本音」を打ち込んでいった。
そして「感情」と「本音」の欄で言ってみて涙が出たものだけを繰り返し言ってみた。
涙が出たのは「感情」の欄の
「昨日、炊き込みご飯のおにぎりを持って来てくれて嬉しかった。」と
「本音」の欄の
「どんな私でも愛して欲しかった。愛してるよ、大好きだよ、可愛いよって言って抱きしめて欲しかった。」と
「私を一人遺して逝ってしまわないで。」だった。
カーペットに横たわって、涙が流れ落ちる位置にハンカチタオルを敷いて、途中で休憩を挟みながら、この3つをひたすら繰り返して言い続けた。
初めは「本音」の「どんな私でも愛して欲しかった。愛してるよ、大好きだよ、可愛いよって言って抱きしめて欲しかった。」が一番悲しくてたくさん涙が流れた。
それと並行して「感情」の「昨日、炊き込みご飯のおにぎりを持って来てくれて嬉しかった。」を繰り返した。
繰り返しているうちに
「毎日手作りの美味しいご飯を作ってくれてありがとう。」が加わり
「夕飯持って来てくれてありがとう。」(一人暮らしをするようになってから数年間、週に2回くらい夕飯を届けてくれていた。)が加わり
最後に「お母さんなりのやり方で私を愛してくれてありがとう!」が加わった。
一つ一つの文章の頭に「お母さん」を付けて繰り返し言い続けた。
すると、「ご飯」にまつわる嬉しい感情を言う時だけ号泣するようになった。
実際にはご近所を気にして声を出さないようにしていたから、声が出ない代わりに体が震えていた。
お母さんは「ご飯」で、簡単でもいつも手作りの美味しいものを多べさせてくれることで私を愛してくれていたのだと気付いた。
そうしたら「本音」の「どんな私でも愛して欲しかった。愛してるよ、大好きだよ、可愛いよって言って抱きしめて欲しかった。」と「お母さん、私を一人遺して一人で逝ってしまわないで。」を言っても涙が出なくなった。
不思議だ。
お母さんなりの仕方で愛されていると分かったら、あれほど恐れていた「お母さんが死んでひとりぼっちになること」に対しても涙が出なくなった。
悲しい気持ちにもならなくなった。
これが「感情を感じ切る」とか「手放す」と言うことなんだろうか?
こんなにあっさりとたった1日で手放せるのだろうか
?
一時的なものかもしれない。
明日、もう一度「言ってみる」をして自分の反応を確かめてみたい。