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すべらない話の「すべらなかった話」

 
このあと、「すべらない話」のスペシャルが放送になります。
(書いてる途中で放送は始まると思いますが、あとで録画をゆっくり見ます)
ちょっと思い出したことあるので書いておきます。
 
すべらない話は深夜枠の第二回から(初回の「姉はレズ」は見逃しました)多分全話見てると思います。
どれも面白い話ばかりですが、ひとつだけ全く笑えなかった話がありました。
 
二つくらい前のゴールデン・スペシャル枠の回、小藪の「すべらない話」でした。
 
母親を亡くした直後に舞台の仕事場に来た小藪を励まそうと、
「ジャンケンのじいさん(その前のスペシャルで登場)」が自分の死んだ飼い猫の話をした。
すると小藪、
「なんぼ大事な猫だったかは知らんけど、自分の母親と一緒にすなっ!」
でサゲとなった。
 
僕はポカーンとなっていたが、番組(会場)は大爆笑の渦、「すべらない話」のハンコも押されていた。
 
今の話、どこが面白かったんだろう?
 
ひとつ、小藪は大きな勘違いをしている。
アカの他人は、自分が思っているほど身内の死を悲しんではくれないのである。
遺族が知り合いや友人であっても、その故人に一度も会った事がなれば、
「可哀相に」「不憫に」とは思っても、遺族が想像するほど悲しむ気にはならない。
アカの他人にとっては、飼っていた金魚やハムスターの死のほうがはるかに悲しいのである。
そこを小藪は勘違いしていた。
 
ジャンケンのじいさんは気落ちしてるであろう小藪を励まそうと死んだ猫の話をした。
じいさんにしてみたら思い出すだけでも辛いはずなのに、小藪のためにあえてその話をした。
身を切る想いだったかもしれない
それを笑い話にし、そして大爆笑する人たち。
(ゲスト笑いは後から映像に加工して付け足したのかもしれないが)
 
「すべ話」がいつの間にか、最初から大爆笑ありき、になってしまったのが残念に思える今日この頃です。。。
(飛ぶハンコの素通りも、ほとんど見かけなくなってしまった)
 
 
 
すべらない話の「すべらなかった話」・終
 

慰霊の日~平和の鐘~(再記載)

 
昨日は沖縄での「慰霊の日」でした。
去年hayanekoさんの記事で初めてそういう日があったことを知り、もう一年経ったのか、という感じでした。
今年も「戦後65年 慰霊の日」 を載せておられますので是非ご一読を。
僕も去年の記事ですがそのまま再記載して、僕なりの慰霊とさせて頂きます。
どうか、安らかに…
 
 
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今日は「慰霊の日」だったそうです。
恥ずかしながら全く知りませんでした。

僕は戦争で亡くなった人への追悼は日本全国「終戦記念日」にやるものだと思っていました。
そう、あの沖縄でも・・・

今日は沖縄で軍部が解体し、戦争が「終わった」慰霊の日なのだそうです。

僕は沖縄へは一度も行ったことがありません。
なのかどうか、沖縄のイメージは「常夏のリゾート地」ではなく、戦争の最も凄惨な被害のあった地というものです。

ある国会議員が、あの戦争では日本国中が辛い目にあったから、沖縄だけ特別視するのは間違いだと言っていた。

確かに
東京大空襲で関東でも沢山の人が死んだ。
広島や長崎に落とされた原爆で沢山の人が死んだ。
日本中が疲弊し、困窮し、大変な目にあった。

でもその苦境の中にも正義の味方「大日本帝国軍の軍人さん」が自分達のために戦ってくれている、という希望があった。


戦時中沖縄の方言は本土の軍人には理解できず、英語と紛らわしいからと使用を禁止された。
鬼畜米兵の教育を徹底し、降伏すれば死ぬより辛い目に遭うからと小学生にまで毒薬と手榴弾を持たせた。

結果、日本唯一の地上戦となった沖縄で日本軍の敗退が決定的になると、
民間人は皆、軍人さんからの「教え」を守って自らの命を絶った。

軍人さんと一緒に洞窟へ逃げ込んだ赤ん坊連れの親子は、泣き声で米兵に見つかるからと洞窟を追い出されるか、
赤ん坊を軍人さんに殺された。

日本軍が敗退し米軍の投降の勧告に、洞窟の軍人さん達は罠の可能性があるからと民間人を先に穴から出して、安全を確認してから自分達が出てきた。
 
 
仮に東京大空襲や原爆と同じだけの苦しみが沖縄にあったとして、
その沖縄には心の頼りとし、自分達のために命を投げ出して戦ってくれる軍人さんという「希望」はあったのでしょうか?

希望のない苦しみを味わった沖縄を「日本全国、皆おんなじ戦争の被害者だ」
と言っていいのでしょうか?

沖縄戦に限らず、諸外国への日本軍の行いは
義務教育では全く教えられていません。
子供に教えるには自虐的過ぎるから、だそうです。
しかし韓国や中国では(事実誤認があるにせよ)日本軍の行為を子供のうちから教育されています。

その「感情」を持った韓国や中国の若者に対してし、
さっぱりチンプンカンの日本の若者。
平和な時代なんだから終わってしまった過去をとやかく言うより、
未来へ向かって前進しましょう!というのが、エライ国会議員さんたちの決めたレールなんでしょうね。


「さあ、平和の鐘を鳴らしましょう!」

~耳の聞こえない人になんか聞かせなくても構わない~

「さあ、高らかに鳴らしましょう!」

~ママはその音がうるさいって、また僕をぶつんだ~

「さあ、平和の鐘を鳴らしましょう!」

~平和って、何にも知らないってことなんだね~
 
 
慰霊の日~平和の鐘~・終り
 
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(誤字脱字はそのまま、改行のみを修正いたしました)
 

晴れの空~カスミンの旅~

 
今日はカスミンの命日、
四国は全土晴れマークになりました(関東も^^)。
祈ってくれた人たちの想いが届いた快晴です。
 
クララも今朝、カスミンのために詩を書いてくれました。
(ブログ“思い出通り”より「たんぽぽの旅」)
カスミンはよくブログの友だちを登場人物にしてお話を作っていたけど、
自分を題材にしたこの詩を、空の上から読んで大喜びしていることでしょう。
 
 
カスミンはたんぽぽの綿毛になって旅をしている。
日本中を旅している。
 
行ってみたかった所
ブログで仲良くなった人の町
新しく自分を知ってくれた人の町
 
お花見に来ると約束した、うちの桜の木の下にも
きっといつか可愛いたんぽぽの花が咲くのでしょう。
 
たくさんの人の心の中にまかれたカスミンの種は
やがて芽を出し、心の花を咲かせ、またその種を広げていく。
 
いつか世界中にカスミンの花が咲き
今よりほんの少しだけ優しい世界になることを、
きっと、それがカスミンの願いでもあったんだろうと…。
 
カスミンは日本中、世界中に旅をする。
永遠に、ずっと旅をする…
 
 
 
  
 
今日の夕方に撮りました。
イメージ 1
巨大ミドリガメの上に乗っているのが、前の記事の九死に一生を得た亀です。
(首に輪ゴムをしてるのは、頭を引っ込めた時に首の傷のカサブタが甲羅に引っかかってまた傷が開いてしまうのを避けるためです・笑)
 
たくさんの人への感謝を書きましたが、去年自分(カスミン)の後を追うように逝ってしまった亀の兄弟を、カスミンも守ってくれたのかもしれません。
 
遅くなったけど、カスミンにも感謝を…
 
 
晴れの空~カスミンの旅~・終