みんな、今日の夜7時から日テレ見た人はいるだろうか。
Dr.レオンって人がマジックしてたんだけど、みんなさぞかし驚いたことだろう。
あれは、すげー。正直人間技じゃねー。
車のドア貫通してケータイ取り出すとか、マジありえねー。
まぁあのマジックは全部俺が奴に教えてやったんだけどな。
あれはだいたい3年くらい前だったか。
今日みたいにひどく風の強い日だった。
当時新宿のバーでバーテンをやってた俺は、お客さんを喜ばせるためにマジックをちょこっとかじってて、たまに客の目の前で披露してたんだ。
それがいつの頃からか、マジックの方に夢中になっちまった。
客が驚いた表情を見せる瞬間、うまく人を欺くという快感の虜になった。
気づけば俺はその店で、マジックだけ見せる専属のマジシャンみたいな役柄になってた。
客付きがよくなればなるほど、給料も良くなるし、俺は喜んでマジックを練習した。
しかし、言うても当時の俺は一端の高校生。
店側には事情を説明して年齢を偽って雇ってもらっているが、もちろん客にはそんなことは秘密。
学校も出席しないわけにはいかなかったし、それなりにハードな二重生活を強いられていた。
それでも高2まではなんとかやっていけてたんだ。
それが難しくなったのは、高3になってから。
そう、俺は大学に進学するため、受験勉強に本腰を入れないといけなくなった。
俺が志望していたのは、もちろん天下の東京大学。
さすがの俺でもそれなりに努力しないと入れないような学校だからな。
あきらかにバーに通える時間は短くなった。
週に1回。3時間だけの仕事になった。
それでも、以前から俺をひいきにしてくれてた客は、毎週俺が店に出る木曜の夜には欠かさず来てくれたし、俺も彼らの期待に応えたくて、マジックの練習だけは毎日欠かさなかった。
その日も塾の授業が終わったあと、俺は店に行った。
俺が店に出る日は、だいたいいつもの3倍近い客が来る。その日もバーはほぼ満員だった。
その頃の俺は、すでに新宿では腕利きのマジシャンとしてある程度の名を馳せていた。
そのためか、以前は顔見知りの客が多かったが、その頃には新顔もよく見かけた。
俺はいつも通り定位置に付き、いつも通りマジックを始めた。
客もいつも通りのリアクションを返す。
もう慣れっこだが、客の驚いた表情を見るのは、やはり気分がいい。
心地よくマジックを続けていく俺。
と、そんな中、一人の男性がやたらと俺のマジックに興味を持っているらしく、こちらを凝視してくる。いままで見たことのない顔だ。年齢は20代後半といったところか。
俺は気にせずマジックを続けたが、終わりに近づいたころ、その男が俺に尋ねてきた。
「その手品は、いったいどうやっているんですか??」
なんともふざけた質問。そんなことを聞かれてこうこうこうですと説明するマジシャンがいるはずがない。
俺は無視しようとも思ったが、その男のいやに純粋な瞳が、俺にはどうしても退けきれなかった。
俺は、どう答えようか考えた。
この現象は、どうしたら理論的に説明できるのだろうか。
そのとき瞬時に頭に浮かんできたのは、さっきまで塾で勉強していた数学の図表。
x軸、y軸、z軸。これらのベクトル関係を歪めることができたら、ありえないマジックは理論的に成立する。
時間と空間の歪み。これらをとらえ、意図的に操る。これぞ、究極のマジック。
俺は、答えた。
「時空を、つかみました。」
今考え直すと、しごく適当な答えであるが、その男はどうやら心打たれたらしい。
マジックが終わったあと、その男は控え室まで俺を訪ねてきた。
話によると、どうやらその男、現在は一般の企業に勤めているらしいが、望んでいた生活とのギャップに最近悩んでいるということだった。そして、昔からの憧れであったマジシャンの仕事につきたいと思っているということも口にした。
俺は、その場でちょっとしたマジックを教えた。
すると、男は瞬く間にそのマジックを演じて見せた。
その手つきは、たしかに器用だった。
俺は、この男にかけてみたくなった。
考えれば、俺は今後東大合格のためにより一層勉強に励まなければならない。
店に通えるペースは今よりも落ちるだろう。それで客が離れちまって、店に迷惑かけるのも悪い気がする。
店長にはそれなりに恩があるからな。
新宿って街のあやしげな雰囲気に魅せられ、よく歌舞伎町を用もなく俳諧してた中学生のころの俺。
親にはそんなことはもちろん内緒。俺は勉強しなくても学校の成績はよかったし、部活があるって言えば家に帰るのが遅くなっても親はそんなに気にしなかった。
ただ、あるとき、やっちまった。
ヤクザの兄ちゃんにからまれ、カッとなった俺は思わずその兄ちゃんにケリを入れちまったんだ。
なーに、たかだか中学生の力だ。たいした怪我をするわけもない。
だが、そのヤクザたちはそりゃもう怒り出した。そりゃそうだ。そんなわけのわからないガキに蹴られてノコノコ帰るヤクザがいるわけもない。
「おめー、どこのガキだ??」
必死に奴らは俺の身元を突き止めようとした。俺はヤバいと思った。が、幸運なことに、そのとき俺は身分証明書の類は持っておらず、それはバレずにすんだ。
しかし、それでも奴らはしつこく俺にからみ続ける。
俺は、一刻も早くその場を立ち去りたかった。と、そのとき俺の目に近くのバーの看板が飛び込んできた。俺はとっさにそのバーの従業員だとウソをついた。
すると、俺は当然のごとくそのバーに連れて行かれた。
店長が呼び出された。店長にからむヤクザたち。俺は祈るような気持ちで、その光景を見つめていた。
そんな俺の祈りが通じたのか。10分ほどすると、ヤクザたちは帰っていった。
俺は心底店長に感謝した。店長は話がわかる人で、この事態を把握してうまく取り繕ってくれたみたいだ。
俺はせめてもの恩返しに、そのバーで働きたいと言った。
もともと新宿のバーで働くのは俺の夢だったからな。
俺はまだ中学生。バーで働けるはずもないのだが、そこでも店長は俺の願いを受け入れてくれた。
ほんとに器のでかい人だと思う。
そんな店長が大好きで、この店も好きだけど、どうやら俺はここをしばらく離れなくっちゃいけなくなるみたいだ。
俺がいなくなっても、俺の意志だけは残したい。そんな考えが俺の中にこみ上げてきていた。
そんなときに現れたのが、この男だ。
俺は決心した。今まで俺がこの店で培ってきたマジック。それを全てこの男に委ねる。
男の気持ちも固かった。
練習は、驚くほどのハイペースで進んだ。
男はほんとに驚くべき繊細な指先の持ち主で、天性のマジシャンの器だった。
俺よりはるかに才能があるのはあきらかだった。
1ヶ月足らずで、男への「伝授」は完了した。
全ての技術を伝え終えた後、俺はこの上ない達成感を感じていた。
男は、俺に感謝の意を示した。しかし同時に俺もこの男には感謝していた。
まさに完璧な手つきで次々と華麗なマジックを己のものとしていく彼。
その姿を見て、俺は当時覚えたての一番好きな英単語でそれを賛美した。
「コンプリート!」
その言葉は、いつしか俺たちのあいさつ代わりになった。
それからしばらくして、俺はそのバーをやめた。
ほんとはやめるつもりはなかったが、店長が1ヶ月前に変わり、その店にいる理由もなくなった。
それよりもなによりも、その俺が教えた男の方が、俺よりも人気者になっちまったんだから。
実際は追い出された感じになっちまったわけか。
そうそう、言い忘れたけど、その男がそのバーで使ってた名前は、Dr.レオン。
今日、日本中を騒がせたあの男だ。
*この話は、フィクションです。