屑で怠け者の私がこんなことを書くのも勘違い甚だしいのであろうが、この問題について考えてみる。  


率直に言えば、自分は「新聞不要論者」である。


自分が新聞を読む機会があっても社説を反論してみて遊ぶことにしか使うことがない。基本的にはNHK・ネットニュースを使って情報を収集している。そこで今回は新聞があることによるメリット、デメリットについて買いてみたい。


対象は讀賣新聞などといった大手紙である。今回は地域単位で流通している新聞などについては扱わない。


なお今回は長文になりそうな故、2,3部構成を考えているがよろしければお付き合い願いたい。


<メリット>


・さまざまな話題を拾うことができる


・社説により記者がどのように考えているか、つまり他人の意見も吸収することができるので思考力の養成に役立つ


・わからない単語・記事について人によっては辞書を引く癖がつく





<デメリット>


・高い。無料で読めるネットニュースが普及している今日では手が出しにくい。


・新聞社によって思想(右派・左派)があるので他人の思想に飲まれる可能性がある。


・社説が個人の自己主張の場となっている新聞がある(例:朝○新聞)





簡単であるがこんなところであろう。新聞不要論を説いている9割程が若者だと思う。


ブログなどを読んでいるとある程度の年の方や社会人にはまだまだ新聞は必要であるとする意見の人が多い。


「新聞だけでなく本を読まない若者が増えている。創造力・思考力などは読んで自分で考えることで養われるものであり、ネットやテレビを始めとした映像メディアでは養われない」という意見が多いが、これに反論してみると、結局は数学ができないと思考力が深まらないという短絡な考えと同じであろう。数学ではなくとも思考力をつける手段はたくさんある。勿論、1つの手段として数学を通して思考力をつけることは正しい考えだと思うが、それが主体的な手段であることは間違いだと感じる。同じようにこれらの力をつけるのは新聞や本だけではないのだ。何も新聞が無くても日々の生活次第で思考力は養えると考えている。よって、これだけを理由として新聞は必要であると説いている人は私はどこかおかしいと思うが皆さんはどうだろうか。




今日もひたすら暇を持て余す。


正直更新する気力が無かったのですが、ラノベ読んでるうちに意欲が湧いてきたので今のうちに更新します。


帰り道で醜い働き蟻たちが餌(虫)を巣に持ち帰るために我が物顔で道路を横切っているのを発見。


彼らを見ていると人間が集団行動をする意義とかを深く考えさせられます。


自分みたいな個人主義者は集団行動が嫌いなので、団体を乱さずひたすら働く蟻には感動すら覚えますね。


もし自分が蟻になったとしても苦心から1人で何処かへ逃げ出してアリジゴクに食されるでしょう。


そんなこんなで集団行動の真理が掴めたような気がしますです。。。というのは嘘。僕は捻くれてるので人と協調したり好みに合わせるのが苦手。結局は、人に迷惑を掛け続けながら生きていくのだと思われます。


うまく締まりませんが、つまりは明日の学校も面倒だということ。適当に無理せず過ごしたいものですね。





今日の家庭科の授業は地獄としか言いようがなかった。


暑い中作業に集中できない。というか、あの教師の声が生理的に受け付けない。


細かいことでなんであんなにガタガタ騒ぐのか僕には理解できません。


だいたい作業工程が滅茶苦茶。あと1回の授業で終わるわけないし終わらなかったら赤点とかいう意味不明なルール。家に持ち帰ってはいけませんって何よ。理由を聞いたら「自分でやらずに親がやると思うから」と。


実際僕はこういう単純な作業が嫌いというか苦手なので赤点はほぼ当確だと思うのです。はい。


にしてもあの人の声どうにかならんのかな。あれは苦情が出てもいいレベル。


今日はそんなこともあってイラついてましたが横浜が昨日に続き快勝したようでよかった。。。


金城とスレッジのHRには感動。下園も復帰後初打席でHRは素晴らしい。明日は援護に恵まれない高崎が勝つことを祈って床に就こうかなと思います。