■コロナと演劇、いろいろと考えたこと。そしてピガール。
緊急事態宣言中、SNSで沢山の言葉が流れていました。それぞれの信念と正義のもとに、誰かに対して強い口調を向けるものを沢山見かけ、その言葉を読んでいるだけの自分が沢山削られて疲弊していたのだなと思います。緊急事態宣言の非日常下で、いつもと同じように行動しているしてつもりであっても、その実かなり気持ちが切羽詰まっていて余裕がなかったということなのかなと。私だけでなく、多分沢山の人がそうだったのではないかなと思います。人が人を強い言葉で責めるのは、余裕がなく切羽詰まったときだと思うので。(私の場合は、余裕がなくなると人を責める方向ではなく、守りに入るけど…)
流れてゆく言葉を観ながら、思ったり考えたことです。
やはり、演劇人たちの言葉に一番気持ちが揺らぎました。生きるために文化は必要不可欠だ、と私はいつも心から思っていることだけど、文化は特別なものだから国がお金を出して守るべき、という考え方には乗れない気持ちがあります。
どうしてそう思うんだろう?
一つには、自分にとっては確かに生きるために必要不可欠な文化(特に演劇)だけれど、ほかの誰かにも同じような価値と意味があるかは分からないから。私にとって必要不可欠なのは文化(特に演劇)だったけれど、他の誰かにとっては別の何かであるかもしれない。文化だけでなく、ほかの大切なものも含めて守られてほしい。それを思ったときに、文化は他とは違う特別なものだから守られるべきだという論調に乗れなかったのだと思います。演劇人の人たちが文化だけ守られればよいとは思っていたわけではないと思いますが、それにしても言葉が上手くないと感じることが多くがっかりして気持ちが萎むことが多かったです。
そして演劇人がそうした不用意な言葉を発して炎上が起きた際の対応にもがっかりすることが多かった。演劇人はよく「演劇は究極の他者理解、分断を乗り越えるための対話ツール」というけれど、他者理解というには、きちんと対話している姿を見なかったから(SNSは対話には向かないツールだなというのは強く思うところなので、対話の姿を見かけないのも当たり前のことなとしれないけど……)。「演劇は究極の他者理解、分断を乗り越えるための対話ツール」という言葉を、私は信じているはずの人間だったのだけど、コロナのなかで炎上する演劇人たちの姿を見て、本当にそうなの?と揺らいでしまいました……。これが私には結構苦しいことでした……。
では、「文化だけでなく、ほかの大切なものも含めて守られてほしい」という願いを叶えるにはどうすればよいののかと考えたりします…。多分もっと視野を広く持ち、世の中を廻しているスキームを理解して、その仕組みのどこに手をいれるのがよいかを考えなければいけないのだと思う。世の中を廻すスキームは沢山あると思うけれど、一つ大きなスキームが資本主義だと思うので、それを踏まえて文化がどのような位置に在ると世の中によりよく関わることのできるのかを模索し、そうなれるように働きかける必要があるのではと考えます(こういうのはアカデニズムの役割かもしれないですが)。そして、価値観が多様化する今の世の中では「文化は価値あるもの」ということは当たり前のこととは思わずに、きちんといつもそのことを表明することが大事なのかなとも思います。
(2020年を通じて、じわじわと自分が実感したことの一つに、自分は資本主義の世界で生きているんだなということがあります。どうしたってそれからは逃れられない。「福島三部作」から「リーマン・トリロジー」を続けて観て、原発に踊らされる様が、リーマンブラザーズ三代目が死ぬまでチャールストンを踊り続けた様と重なりました。そしてそれは私の姿でもある。どんなに資本主義や新自由主義に対して批判があったとしても、この仕組みのなかで一生踊り続けるのだということを受け入れて、そこから始めるしかないのだな、と今更そのことに思い至りました)
演劇のことを信じられなくなったことは、私には結構苦しいことで、コロナが少し落ち着いて劇場が再オープンしたあともしばらくは劇場に行く気持ちになれずにいました。けれどその気持ちを救ってくれたのも、結局のところ舞台作品でした。それが宝塚歌劇団月組さんの「ピガール狂騒曲」です。劇中で語られる劇場への愛について、物語中の人物たちと、役を演じる演者たちと、観客の私たちと、ひととき皆の思いが重なり、思いを分け合ったと実感できるときがありました。これがきっと劇場の奇跡なんだと思います。演劇が他者理解を助けるのか、私はまだわからない。でも、劇場では他者とひととき思いを分け合うことができるということだけは実感をもっています。ピガールが思い出させてくれました。私は劇場が好きなんだと、強く思いました。
まだまだコロナ禍は続いていて、文化も演劇も苦しい状況の中にあり、この先どうなっていくのか不明な状況です。また演劇界隈で炎上が起こるのかもしれない。それを見てまた気持ちが萎むことがあるのかもしれない。でも、そのときには「私は劇場が好きだ」という気持ちを思い出して、落ち着いて様子を見守ろうと思います。何度気持ちがしぼんでも、何度でも、また劇場が好きだという気持ちを思い出せばいい。ピガールでは、珠城さんをはじめとする月組の皆さんが、大変な状況のなかであっても強い気持ちをもって劇場に立ち続け思いを届けてくれた。私も、大変な状況がまた来たとしても、珠城さんたちが見せてくれた強さを心の中にもって、劇場への愛を持ち続けようと思います。
(追記)
2021/1/21に読売演劇大賞のノミネートが発表されて、「ピガール狂騒曲」の成果によって演出の原田先生が優秀演出家賞を受賞されました!おめでとうございます!選評の「コロナ下だけに、劇場賛歌というテーマは胸に響いた」という言葉はまさにわたしの思いでもあるのでとても嬉しかった。