筧 利夫
仲間リサ
山本 亨
山口紗弥加
大口兼悟
馬場 徹
リア・ディゾン
トロイ
武田義晴/平沼紀久/黒川恭佑/浅香航大
清家利一/松本有樹純/久保田創/藤榮史哉
塚田知紀/荻野貴継
シアターコクーン XC列センター
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上手く言葉にできない。ものすごい熱量が舞台から発散されていて、ただただ、圧倒されて、そして泣いてた(私は圧倒されるとびっくりして涙になるのです…)。つか芝居の熱量ってこれか、つか芝居の魂ってこれか、と、そのことをずっと考えていた。
理屈とかはもうどうでもよくってね。ただ、もう全身であるだけの力を込めて、叫んでいる。その叫びは、私の体を貫いて胸がヒリヒリとする。頭で考えるんじゃなくて、心臓の奥のほうで感じている。
演出は岡村さん。銀ちゃんを好きになってから、岡村さん演出の舞台を比較的よく拝見するようになったので、だいぶその演出手法にも慣れました(実はあんまり得意ではないのです…)。今回も、いつもと同じ岡村さんの演出手法なんだけど、舞台そのもののもつエネルギーがこれまでと比べようもなくて、それだけに受ける衝撃が全く違ったよ。
多分違いは二つで、主演役者のもつ熱量と、あとは作品にこめられた劇作家の思いの熱さと、それが全然違っている。
筧さんのもつ熱量がハンパない。ただでさえ人より熱いのに、今回はつかさんへの追悼の意が込められているから、火傷しそうなくらい。今回、席がとても良席だったので、筧さんの強い強いまなざしに何度も息を呑んだ。こちらが貫かれそうだったよ。ああ、でも、舞台って、こういう熱風を感じたくて行くんだよなぁ。
そして作品のもつ熱さ。劇作家の、つまり、つかさんの「あの戦争はなんだったのか」という叫び声を聴いた気がする。この問いは戦後を生きた劇作家たち皆が持つ叫び声で、例えば井上ひさしだっていつもそれを問いかけ続けている。でも、井上ひさしの場合は、恐ろしく沢山の資料を読み込んで、ひとつのテーマに収束させ、分かりやすく再構築した問いを提示するけど、つかさんはそうじゃない。ただありのままに、まっすぐに、怒りの熱をぶつけてくる。胸にたぎる思いのままに。のどを嗄らしても叫ばずにはおれない。だから、その叫びを聴くと胸がヒリヒリするんだ。
これが私のつかこうへいとの出会いです。つかこうへいには間に合わなかったと思っていたけど、この舞台で出会えたと思う。
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物語のラスト。原爆投下の真実と、その取引の裏を突き止めた山崎(筧さん)。それまでの会話は録音し、ボタンをひとつ押せば、日本中にこの真実を流すことができるという。「そのボタンを押すことができるのですか?日本には希望がないことを広めることができるのですか」と、アメリカ側の諜報部員(リア・ディゾン)。山崎は逡巡の末、スイッチから手を放す「俺たちの国に希望がないなんてこと、言えやしない」という言葉とともに。「ありがとう、私たちの国を友人と考えてくれて」と返すアメリカ諜報部員。
物語のカタルシスとしては、真実を知らしめて幕というのが通常のパターンだと思うけれど、この話ではボタンを押すことはしない。それは過去を「間違い」として否定するのではなく、否定できない「事実」として受け入れ向き合っていくことが、希望に繋がるというメッセージだと感じた。私の勝手な思い込みかもしれないけどね。
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2回目のカーテンコール。誰もいないひな壇を照らすスポットライト。だけど、舞台脇の役者たちの目にも、客席の私たちにも、きっとつかさんが見えていたと思う。「つかさん、初日あけたよっ!」と明るく天に向かって話しかけた筧さんの姿に、また涙・涙。
筧さんいわく、今回は「広島に原爆を落とす日」という名のつかこうへい祭りなんだって。もう一回、お祭り観にいきます。初日を観劇した次の日、もう一日分のチケット確保しちゃった。でも、期間限定のお祭りだから、やっぱり今参加しないとね。浴衣着ちゃおうかな。