「実戦の場で、空手や拳法を信用する奴はアホや・・・」
昔々、私の空手道の師が言われた言葉である・・・。
「アナタが、それを言ったらオシマイでしょう・・・」
私は、いつもその言葉を聞くたびに思っていたのだが・・・。
私の第二の師であるB先輩も同じ(?)ような事を言っていた・・・。
「道場拳法が、そのまま使えるほど、実戦は甘くない」
「実戦になると、技は変わる」
「構えるな。構えると、読まれる」
「地理的状況を把握せよ」
等々・・・・。
職業柄、道場で一番の実戦経験が豊富(?)なC先輩(警察官)も、似たような事を・・・・。
「実戦に飾りはいらない。地味に見える技が一番使える」
「頭突き、ヒザ蹴り、ヒジ打ちを活用せよ」
「相手の死角(背後)にまわれ」
等々・・・・。
特にC先輩は、少林寺拳法の他にも、芦原空手の有段者でもあったから、先代の芦原先生の影響があった様で・・・・。
もう一人、職業柄、実戦経験が豊富であったD先輩(ヤ○ザ)は単純明快だった・・・・。
「実戦で素手にこだわる奴はアホや。実戦は得物を持ったモン勝ちや・・・」
「実戦は不意打ちでいわす(やっつける)。ほんで(それで)複数でいてまう(やっつける)」
「素手よりヒカリモン(刃物)、それよりバンバン(拳銃)や」
等々・・・・。
賛否両論があろうと思う・・・。
私なんかは、空手及び拳法の有段者である諸先輩方の御意見に、正直なところ驚きを隠せなかったものだけれど(当時は)。
因みに、
「護らなければいけない人が居た場合の実戦」については・・・・・
「身を挺して護る」と言われたのが、たしか誰もいなかったと記憶している。
「そこまで追いつめられる前に、やってしまう(制圧する)」
と、言われた方が殆んどだった・・・・。
ただ御一人だけ、
「見殺す。俺が大丈夫やったら、それでええ(それでいい)」
って答えたのがD先輩(しかしこれは論外・・・・だと思う)。
何分、古い記憶だから言葉の端々に若干の違いはあれど、師及び諸先輩方の意見はこのような感じだった・・・・・。
皆、各自の極意(?)を持っておられたと推測するが、どこか牧歌的な印象があるのは、やはり時代のせいではないだろうか・・・・。
あれから20年以上がたち、時代が変わったのは確かだと思う。
今の時代、何があってもおかしくない、常に、「もし~なら」「もし~だったら」等を、考えて行動しないといけない時代になってきているのでは、と思うのだけれど・・・・・。
先日の海外での事件・・・・・。
年端もいかない子供を護る為に、刺殺された母親・・・・。
「身を挺して護る」以前に、何か方法はなかったんだろうか。
私は、そう思うんだけれどなぁ・・・・・。
ただ、身を挺して子供を護り通した母親の姿に、涙腺が緩んできて・・・・・。
亡くなられた方の御冥福を祈って・・・・黙祷・・・。