屋敷に着くと、屋敷中の明かりが消えていた。お屋敷の扉が開くと何日か前に着いていた、使用人が彼らを出迎えた。彼女の見張りとしてアルバートさんが送っていたのだ。

『お帰りなさいませ、ウィリアム様。いらっしゃいませ、グランチェスター様、アーチーボルト様、アニー様。』

 使用人は焦った態度で彼らに挨拶をした。

『やぁ、マイク。久しぶりだね。キャンディは今、部屋にいるかい?』

 アルバートさんがそう返すと、マイクは青い顔で首を振った。とたんにその場にいた全員が青くなった。

『キャンディス様は先程までお部屋にいらっしゃいました。夕食の片付けをした時も、静かにお部屋でくつろいでいらっしゃいました。つい15分前の事です。皆様がお着きになられたのでお部屋にお迎えに行った所、窓が空いていて…。キャンディス様の荷物もなくなっていました。ウィリアム様、申し訳けございません!』

 マイクの言葉を聞くと、アーチーが言った。

『なんだって?それじゃあ…まだ間に合うかも知れない!この時間ならそう遠くまで行っていないはずだ!まだ近くにいるはずだ!大叔父様、早く探しましょう!』

 アーチーが言うと、みんな頷いた。

『ジョルジュ、君はこの近くを車で探してくれ。アーチーとアニーは屋敷中、くまなく探してくれ。マイクは湖と庭を頼む。テリィは僕と森を探してくれないか?』

『もちろんです。アルバートさん。』

 アルバートさんの言葉にみんなが頷いたのを確認するとマイクはとりあえず荷物を置きに屋敷の中に彼らを連れていった。荷物を置いてすぐにテーブルにメモとペンだけを置いてそれぞれの持ち場を探しに行った。このメモとペンは彼女の情報が分かった時にメモを書いて、誰がいつ戻ってきても見れる様に置いたのだ。

『キャンディ〜!キャンディ〜!』

 暗くなっているお屋敷の部屋に電気を灯していくのは、アニーとアーチーだ。片手にランプを持って、アーチーはアニーの肩を抱いて、一部屋ずつ扉を開けていった。始めに開けたのは使用人が使っていた大部屋だ。机とベッドの他には何も残っていない、殺風景な部屋だった。ベッドの間をくまなく探したが、彼女は見つからなかった。次に、キッチンを探したが、そこにも彼女はいなかった。次に大広間に行ったが、もちろん彼女は見つからなかった。1階をくまなく探してみたが、結局彼女は見つからなかった。2階にあがると、アーチーは溜息を漏らした。

『アニー、この先は僕にとっても、もしかしたら君にとっても辛い部屋を見ることになる。覚悟はいい?』

 アニーは頷いた。アーチーが最初に開けたのは、彼女が昔に使っていた部屋だ。彼女が出ていったあの時のまんま手がつけられていないその部屋には、哀愁が漂っていた。机の上には日に焼けた紙が沢山置いてあった。その紙にはアンソニーの名前が書き連ねてあった。

 あぁ、アンソニー。アンソニー、アンソニー、アンソニー。どうして死んでしまったの?私が死んでしまえばよかったのに。あなたがいない世界は真っ暗よ。あなたのいない世界で、私はどうやって生きていったらいい?アンソニー、アンソニー、アンソニー…!あなたはいくら呼んでも叫んでも戻って来ないのね。あぁアンソニー…

 彼女の届かない手紙を読んでアーチーが辛くなったのは言うまでもない。ランプを置いて、目頭を抑えるアーチーからアニーは手紙を取ろうとした。

『アニー、やめておいた方がいい。』

 そう言うアーチーの声を無視して、アニーもその手紙を読んでしまった。思わずアニーも泣き出してしまった。

『ごめんなさい、アーチー。あなたを見ていられなかったの。その紙に何が書いてあるのか気になって…。』

 少し落ち着いた2人が彼女の部屋を出ると、次はアンソニーの部屋に入った。アンソニーの部屋には、微かに薔薇の香りがまだ漂っていた。ニールに少し荒らされていたものの、アンソニーが亡くなった日以来入っていなかったその部屋は、何も変わっていなかった。その次に入ったのは、ステアの部屋だった。クローゼットを開けると、まだ作りかけの発明品や、アイデアノート、アーチーも知らない発明品が溢れ出てきた。アイデアノートを開くと、作りかけの発明品の作り方がステアらしい字で踊っていた。

『やっぱり兄貴は発明家だよ。』

 アーチーはステアの残した発明品を大事にクローゼットに戻していった。その次に入ったのは、自分が使っていた部屋だ。片づけられていて、殆ど何も残っていなかった。壁にエレノア・ベーカーのブロマイドが飾ってある。

『アーチー、昔からエレノア・ベーカーが好きなのね。』

 アニーが少し笑った。すぐに自分を部屋を出ると、エルロイ大叔母様の部屋を開けた。

『キャンディ〜!お〜い!キャンディ〜!』

 彼女の名前を呼びながら、部屋中を歩き回った。お屋敷の中でも一番広いこの部屋にもキャンディはいなかった。それからキャンディが昔に閉じ込められた部屋や、食堂、サンルームを探したが、やはり彼女はいなかった。最後に、ついさっきまで彼女がいたはずの部屋を開けた。

『キャンディ?どこにいるの?』

 部屋中を歩き回ると、枕元にいくつかの封筒が置いてあった。宛名をみると、アルバートさん、アーチー、アニー、パティ、ジョルジュ、レイン先生、そして1番下にあった封筒には今にも消えてしまいそうな文字でテリィ…と書いてあった。2人は早速自分宛の封筒を開けた。

     アーチーボルト・コーンウェル様

 突然の家出をお許し下さい。やはり私は、従軍看護婦に行くことにしました。悩みに悩んだ結論です。アーチー、あなたは反対しているでしょうね?でも私を許して欲しいの。もう二度と後悔はしたくないのよ。やけになって行く訳じゃない。行きたいから行くのよ。アーチー、私は死ぬ気はないわ。だけどもしもの時があるかも知れないから言って置くわね。アーチー、今まで私を守ってくれてありがとう!イライザに濡れ衣を着せられた時にあなた達が言い返してくれて…私どんなに嬉しかったか。生きている限り忘れないわ。大叔父様に私を養女にする様に、手紙を出してくれてありがとう!それからアーチー、アニーをよろしくね!アニーは私の大切な幼馴染なの。泣かせたら許さないわよ!ってアーチーがアニーを泣かせる訳、ないわね!
戦地から手紙を出すわ!今度会う時は笑顔で…ね?

    キャンディス・ホワイト・アードレー


       アニー・コーンウェル様

 あぁ、アニー。怒っているでしょうね。ごめんなさい。私、どうしても耐えられないの。ここにいれば安全なのは分かってるよ。でもここにいると彼の情報が自然と入ってくるわ。今の私には耐えられる自信がないの。彼を忘れられる自信もない。だから後悔しない様に従軍看護婦になる事にしたのよ。アニー、あなたなら分かってくれているわよね?私があの時、挙手できなかったのを後悔していた事。戦地に行けば、新聞は殆ど入ってこないわ。そしてあの時の後悔をこれ以上しなくてもいい。あぁ、アニー。泣かないで頂戴。私は生きて帰ってくるわ。ステアの様に悲しい別れはしたくないもの。私を信じてくれるならアニー、いつまでも笑っていてほしい。約束よ!

    キャンディス・ホワイト・アードレー


 手紙を読むと2人の青かった顔が更に真っ青になった。

『あぁ、アーチー!キャンディは戻ってこないかも知れないわ!どうしましょう?』

『アニー!大丈夫だよ。キャンディは必ず戻ってくる!それにまだここら辺にいるはずだ。』

 アニーをなだめるつもりでアーチーはそう言った。その言葉は自分自身に言い聞かせている様な、祈っている様な言い方だった。2人は急いで荷物を置いた部屋に戻ると、それぞれの手紙を机の上に置いた。そして彼女の部屋の枕元にこの手紙があったこと、自分達はもういちど屋敷の中を回ってくる、とメモに書いてもう一回屋敷の中を探し始めた。

 一方その頃、マイクはランプを片手に庭を探して回っていた。

『キャンディス様〜!キャンディス様〜!』

 アンソニーの薔薇園に入って行くと、マイクはぎょっとした。ランプに照らされたスウィート・キャンディが風に吹かれてこの世の終わりとでも言う様にハラハラと散って行く光景は、妖艶で不気味だった。とてつもなく嫌な予感がする。マイクはよりいっそう真剣に彼女を探し始めた。薔薇の棘の痛さも忘れてマイクは花の間を掻き分けて探した。気がつくとマイクの手からは血が出ていた。その血を吸ったかの様な赤い薔薇を見ると、余計にぞっとする。マイクは薔薇園の中をくまなく探し回ると、湖にむかった。湖に向う森の道の木々はざわざわと揺れていた。

『キャンディス様〜!キャンディス様〜?』

 湖に着いた。水面に揺らめく満月がとても不気味だった。ステアが作ったスワンボートが水に浮いている。古びたボートは誰を乗せる訳でもなく、風に流されていた。湖の周りを探して歩いてみたが、彼女は見つからなかった。マイクは荷物を置いた部屋に戻って、彼女は庭にも湖にもいなかった、もう一度さがしてくる、とメモに書いてからもう一度薔薇園に向かった。

 ジョルジュは屋敷の周りを車でゆっくりと回っていた。5週くらいすると、屋敷の周りにはいないと判断した。そこで郊外に出て、彼女が行きそうな所を探す事にした。

『キャンディス様〜?キャンディス様〜?』

 明かりが消えた街に人通りはなかった。行き場のない人達が飲んだくれで酔っ払って歩いているだけだ。ふらふらと歩く人達の中には、若い女性はいない。何度往復しても彼女は見つからなかった。ジョルジュはポニーの家に向かおうとしたが、もう夜は遅い。小さな子供達を起こしては可愛そうだ、と思い直して夜が明けてから向う事にした。最後に彼女が行きそうな公園に車を留めると、歩いて公園の中を探し回った。3週しても彼女は見つからないので、ジョルジュは一旦屋敷に戻る事にした。屋敷に戻ると、荷物を置いた部屋の机の上に自分宛の手紙を見つけた。

       ジョルジュ・ヴィレル様

 迷惑を沢山かけてごめんなさい。ジョルジュには初めて会った時から迷惑をかけっぱなしね。アンソニーの死を、受け入れられなくてポニーの家に帰った時も迎えにきてくれたのはジョルジュ、あなただったわね。私は従軍看護婦となって戦地に赴く事にしました。でもジョルジュ、今回だけはお願いだから私を探さないでほしいの。これ以上、後悔はしたくないから。でもね!私は生きて帰ってくる、約束するわ!またみんなに会いたいの。だからジョルジュ、それまでウィリアム大叔父様、それからアーチーにアニーをよろしくね!あなたは私のホワイト仮面だもの。また会える日を楽しみにしています。 

    キャンディス・ホワイト・アードレー

 ジョルジュはキャンディの手紙を読むと、苦笑いした。ホワイト仮面…。彼女がいつもジョルジュに言っている言葉だ。ジョルジュは何故彼女が自分をホワイト仮面と呼ぶのか分からなかった。その後大きな溜息をついた。いつものポーカーフェイスに戻すと、

『キャンディス様、あなたは何も分かっていらっしゃらない。生きて帰ってこられる保障もないのに…。ウィリアム様がどれだけご心配なさっている事か…。』

 と言った。もちろん彼女の返事は帰ってこない。1人でジョルジュはこの部屋に待機する事にした。

 一方テリィとアルバートさんは森の奥深くに進んでいた。随分と探したが、一向に見つかる気配はない。

『キャンディ〜!キャンディ〜!』

『お〜い!キャンディ!』

 ざわざわと揺れる木々の音は2人の不安を掻き立てた。

『アルバートさん!僕は木の上を探してきます。彼女は、ターザンが得意なので…。』

 アルバートさんは頷くと、彼を近くにあった木に案内した。よく見ると、その木にはロープが掛かっていた。

『テリィ…。あまり無茶はしないでくれよ。多分このロープはキャンディが使っていたものだ。ロープは何本か森の中にあるんだが…。』

『もちろんです。僕はアルバートさんの後を木の上から追っていきますね!』

 彼が木に登るとアルバートさんはゆっくりと歩きだした。昼間はとても美しい森だが、さすがに夜は暗かった。月明かりをたよりに2人は森の中を進んでいくと少し開けた場所にでた。月明かりの下でブルーボンネットが咲き乱れる光景は幻想的だった。彼も木から降りてきてアルバートさんの横に立った。

『ブルーボンネットだ。キャンディはルピナスと呼んでいたっけ?』

『幻想的ですね。夢の様な景色だ。ルピナス…ブルーボンネット…どちらの名前でもとても似合う花ですね。彼女にピッタリだ。』

 少しの間2人はその景色に酔いしれた。

『さぁ、行こうか。キャンディを探そう。』

 そう言うと2人はまた歩き出した。広い森を歩き終わった頃、荷物を置いた部屋には彼ら以外の全員が揃っていた。彼らはどうしても見つからないので、最後の望みをかけてラガン家の馬小屋に行くことにした。彼女が昔使っていたその小屋はもうボロボロになっていたがまだまだしっかりと立っていた。小屋の鍵は開いていた。僅かな隙間から、少し光が漏れている事に気がついた彼らは安心した。彼女に逃げられない様に静かに近づいた。扉に手をかけた寸前彼の耳元でアルバートさんは小声でささやいた。

『テリィ。僕は皆の所に先に戻っている。キャンディを連れてきてくれ。』

 アルバートさんはそう言うと、彼の返事を待たずに走っていってしまった。彼は一気に緊張し始めた。彼女が扉の向こうにいるのだ。年甲斐もなくドキドキとしている。気がつくと、手も震えていた。だが彼女に会いたい気持ちの方が大きかった。彼は思い切って馬小屋の扉を開けた。扉の音に驚いた彼女が振り向いた。彼女はとても驚いた顔をして腰を抜かした様だ。

『キャンディ!』