次の日、彼女は朝早くにアンソニーの薔薇園に行った。そして一通り薔薇の世話をするともう一度眠りについた。寝不足だったのだ。次に目を覚ましたのは夕方近くだった。エミリーの声で彼女は目を覚ました。

『キャンディス様、起こしてしまい申し訳けございません。お客様がいらっしゃっております。』 

 エミリーは申し訳けなさそうな顔で言った。

『あらもうこんな時間なの?気にしないで頂戴、エミリー。お客様ってパティかしら?それともアニー?』

『いいえ、イライザ様と仰る方です。アードレー一族の、ラガン家の方だそうでございます。』

 エミリーは溜息を漏らした。

『キャンディス様、失礼かと存じますがお会いにならない方が宜しいかと…イライザ様は憤慨していらっしゃいます。人殺しが何だのかんだのと仰ってて…。キャンディを出せ、と鼻息を荒くしていらっしゃって身の危険を感じましたので、マイクが追い返そうとしたんですが無理矢理押し入ってきて…。今は応接間にいらっしゃいます。』

 キャンディも溜息をついた。そして人殺し、と聞いた所で悲しそうな顔をして顔を伏せてしまった。

『ありがとう、エミリー。イライザは何も変わっていないのね。迷惑をかけてごめんなさいね。直ぐに仕度をして、10分後に応接間に行くわ。悪いけど、それまでイライザの相手を頼んでもいいかしら?』

 エミリーは頷くと、

『もちろんでございます。ですがキャンディス様、本当にお会いになられてもよろしいのでしょうか?イライザ様はかなり殺気だたれていて…。』

 と言った。彼女は首を振ると、微笑んだ。後にエミリーは彼女のその微笑みには深い悲しみが刻まれていて、今にも消えてしまいそうな程脆く見えたと言っている。

『心配しないで、エミリー。仕方がないわ。あの人はいつもそうなんだもの。それに私も人殺しと言われても、仕方がない事をしてしまったんですもの。』

 エミリーは一瞬固まってしまった。アンソニーの事件を知らないエミリーはその言葉を聞いて不安になったのだ。でも直ぐに笑顔になって

『明るくてお優しいキャンディス様が、そんな事をなさるはずがございません。私は信じております。』

 と言った。彼女は泣きそうな笑顔で頷くと、

『ありがとう、エミリー。イライザが帰った後、あなたの時間は空いているかしら?もしよかったらお茶をしない?イライザが私を人殺しと呼ぶ訳を話すわ。』

 と言った。エミリーは戸惑った顔で訪ねた。

『もちろんでございます。でもそんな大事なお話を私などがお聞きしてもよろしいのでしょうか?』

『エミリー、あなただから良いのよ。あなただからこそ、話したいの。』

 と彼女は言いながら、そういえば前にもこんな事あったっけ?と思い出していた。アンソニーに告白した時だ。同じ様な言葉だった。アンソニー、アンソニーだから…あなただからこそ好きなのよ…遠い昔に言った自分の言葉が頭に蘇った。

『かしこまりました。ではイライザ様がお帰りになった後、お部屋にお伺いしてもよろしいでしょうか?』

 彼女が頷くと、エミリーは一礼をして部屋を出ていった。彼女は出来る限り早く仕度を済ませると応接間に向かって歩いていった。エミリーとマイクが一礼して出ていくのを確認するとイライザの前に座った。

『イライザ、遅くなってごめんなさいね。仕度をするのに時間が掛かってしまったの。それで今日は何のご用事?』

 イライザは機嫌が悪そうに席を立つと、大股でドスドスと歩いて来て彼女に詰め寄った。

『みなしごの癖に私を待たせるとか生意気よ!どんな教育を受けて来たのかしら!ポニーの家とやらでは人を待たせてはいけないと習わなかったのかしら?』

『ごめんなさいね、寝不足だったからさっきまで寝ていたのよ。イライザ、みなしごってあなたは言うけど私はもうみなしごではないわ。好きでみなしごになった訳じゃないんだし、そろそろやめてくれるかしら?ポニーの家を侮辱すると許さないわよ!それにあなたのさぞご自慢の高等な教育ではアポを取らないで人の家に押しかけてはいけないと習わなかったのかしら?』

 彼女も負けじと言い返した。昔の彼女ならここまで言い返したりはしなかった。だが彼女はイライザと同じ手で、自分が言い返す事ができる事を知った。イライザの嫌味には必ず突っ込みどころがある。もちろんイライザ以外の人には嫌味を使って言い返したりする事はしなかった。自分も強くなったな、と彼女は微笑んでイライザを余裕のある瞳で見つめ返した。

『うるさい!お黙り!お前は人殺しの癖に!お前のせいでアンソニーは死んでしまったのよ!お前さえいなければ、アンソニーは生きていたのに!お前が来てからろくな事が起こらないわ…。ステアもお前さえいなければ死ななかったのよ!この疫病神!全く…テリィもなんでこんな人殺しにかまっていたのかしら?ウィリアム大叔父様だって何故かお前にかまっているし…。』

 人殺しと言われて彼女は引きつった顔をした。だがすぐに笑って見せると、

『そうね、私は人殺しよ。あなたの言う通りだわ。私のせいでアンソニーは死んでしまったのよ。私が養女にさえ…。それでも私が養女になる原因を作ったのはあなた達よね?私の記憶が正しければあなた達が散々私を陥れていじめたせいで、メキシコに行かなければいけなくなってアーチーを始めみんなが大叔父様に手紙を書いてくれて私は養女になったのよ。あなた達が陰険で悪質ないじめをしなければ私は養女にならなくて済んだのに。そしてあの狐狩りで、アンソニーは死ななくて済んだのよ。そしてアンソニーが生きていればあの学院に入る事はなかった。テリィが私にかまう事もなかったし、もしかしたらステアが志願兵になって戦場で死ななくて済んだかも知れないわね。あなたは私のせいだと言うけれど、あなた達兄弟が全ての元凶じゃないの。自分達のした事を、棚に上げてよくもまぁそんなに酷い事を言えたものだわ。いつまでも人をしてもいない人殺し呼ばわりをしたりするからテリィにもかまって貰えなかったのね。可哀想に。さぞかしいい教育を受けてきたんでしょうね。羨ましい。それであなたが言うその人殺しになんの用なの?』

 と言いきった。正直者なところ、彼女はそこまで思っていなかったがこれくらい言わないとイライザは黙らない。彼女はアンソニーが死んでしまったのは少しもイライザ達のせいだと思っていなかった。自分の責任だと今も思っている。だが事実を客観的にいってみたのだ。イライザは、自分が養女になったせいでアンソニーは死んだ、と言った。だが自分が養女になる原因を作ったのはイライザだ。大元を辿ればアンソニーが死んでしまったのは自分のせいではなく、イライザやニールに原因があると言うことになる。ふとイライザを見ると悔しそうにブルブルと震えていた。彼女は上手く感情を隠し通せたと一息ついた。

『よくも私を人殺し呼ばわりしたわね!いいわ、お母様に言いつけてやる!お前なんか死んでおしまい!』

『そういう所も変わらないのね。お母様に言いつけた所で何も変わらないのに。いいわ。言いつけてきたらどう?私は痛くも痒くもないんだけど…。』

 彼女が可笑しそうに笑った。歯ぎしりをして見るからに怒っているとアピールするイライザを、彼女は何事もなかったかの様に見つめる。

『もういいかしら?私は忙しいの。あなたのつまらない言いがかりに付き合ってるほど暇じゃないのよ。』

 彼女がそう言うとイライザは手に持っていた何かを床に投げつけた。扉をばたんと大きな音をたてて閉じると部屋を出ていってしまった。彼女はイライザが落としたものを拾った。よく見るとそれは彼の出ている公演の最後の日のチケットだった。大方イライザはこのチケットを自慢しに来たのだろう。彼女は溜息を着くと、マイクを呼んでイライザにチケットを返してくる様に言った。マイクが出ていくと彼女は床に座り込んだ。

『あぁテリィ…。』

 彼女は揺れている。手紙までかいて自分の気持ちにけじめをつけて従軍看護婦になるはずなのに今、彼に会いたくなって従軍看護婦をやめたくなっていたのだ。溜息を着くと彼女はそんな迷いを振り捨てて立ち上がった。何はともあれ招かれざる客は帰ったのだ。もう何も自分の邪魔をするものはない…と思っていた。