『あぁ…どうして?』

 彼女は声にならない声で呟いた。彼は何故ここにいるのだろうか。いつも求めていた彼が目の前に、立ち上がって少し歩けば触れる距離に居ることが信じられない。スザナはどうしたのだろう。いつも新聞の切り抜きやブロマイドで見ていた彼は写真で見るより大人の男性になっていた。目の前が涙で霞んでいく。彼女にはポロポロと零れる涙がやけに熱く感じた。

 彼は彼女の口の動きを読み取った。ど、う、し、て?…。彼女はまだ声を発することができない様だ。震える肩が、その涙が愛しかった。久しぶりに見る彼女は昔より美しくなっている。金髪の巻毛は相変わらず、可愛かったそばかすは消えていた。グリーンの瞳はより深く輝きを増していて形のいい唇は潤っている。昔の様な短いドレスを身にまとう彼女を見て、彼は衝動を抑える事ができなかった。彼はベッドの前に座り込んでいる彼女に駆け寄ると何も言わずに、抱きしめた。そのまま抱き上げてベッドに座ると彼女を膝にのせてキスの雨を降らせた。

 彼女は呆然と彼を見つめていた。彼が駆け寄ってくる。あぁ、本物なのだ。硬く抱きしめられて、心臓が痛い位に高鳴っている。息苦しくなるほどの抱擁に彼女はされるがままになっていた。そのまま抱き上げられて彼の膝の上に座らせられると熱いキスの雨が降ってくる。彼女は一気に恥ずかしくなってきた。後ろから伝わってくる彼の温もりがとても気持ちがいい。彼と密着している部分がじわじわと熱を帯びている。これまでにないくらいに体温も上昇している。甘く長いキスに息苦しくなって、唇を少し開くとその瞬間を逃していなかった彼の舌が入ってきた。まるで別の生き物の様に動き回る彼の舌に彼女はクラクラとしている。抵抗する訳でもなく彼を受け入れていた彼女が酸欠になって意識が朦朧とし始めた頃、ようやく彼の唇は彼女から離れていった。それでも密着した体は離れていかない。この体制に恥ずかしさで耐えられなくなった彼女は彼から離れようとしたが、逃さないとばかりに彼は後ろから彼女を抱きしめている。彼女が身をよじる程、彼はその腕を強くしていく。肩で息をしている彼の吐息が耳にかかっているのが、とても恥ずかしい。やめて欲しいと懇願する様に、潤んだ瞳で彼を見つめてみた。

 すると彼は彼女を抱きしめたままベッドに倒れ込んで、彼女を反転させる。今度は、正面からきつく抱きしめるとまたキスの雨を降らせた。彼女の唇をこじ開けると、舌をいれて掻き回す。始めは抵抗していた彼女も次第に抵抗をするのをやめていった。しばらくしてようやく唇を離すと彼は彼女を組み敷いた。

『あぁ、テリィ…。だめよ、こんな事…。やめて頂戴。』

 やっと彼女は口を聞ける様になった。彼は首を振ると、

『やめる訳ないだろう?君が逃げていくから俺は逃げられない様にしているんだ。』

 と苦しそうな顔で言った。その口調は挑発気味だったが表情は彼の心を隠せていなかった。

『テリィ、私が逃げるとでも思ってるの?私は逃げたりなんかしないわよ。その…この体制が恥ずかしいからどうにかしてくれない?』

 彼女は恥ずかしそうにそう言った。彼女の瞳は真剣そのものだった。彼は少し考えると頷いて、彼女を抱き起こすとまた自分の膝の上に座らせた。後ろから手を回してきつく抱きしめる。彼女はまだ恥ずかしそうだったが抵抗するのをやめていた。

『テリィ、何故あなたはここにいるの?まだ劇団の公演は残っているはずよ。それに私達は…』

『そんな事はどうだっていいんだ、キャンディ。俺は君を止めにきた。従軍看護婦になるんだって?』

 彼女は俯くと、自分に言い聞かせる様に言った。

『そうよ、もう手紙が届いたの?最近の郵便は早いのね…。テリィ、私は従軍看護婦になるのよ。戦争で傷ついた兵士さんを一人でも多く、家に返してあげたいの。』

『いや、ヴィレルさんに聞いたんだ。従軍看護婦なんて、やめるんだ。キャンディ、やめてくれ。』

 彼の声は必死だ。

『テリィ、私は死んだりしないわ。みんな心配してくれるけどそう簡単に諦められないの。私は一人でも戦争で孤児になってしまう子供を減らしたいのよ。』

 彼女は微笑んだ。半分は彼を完全に忘れる為だったが、もう半分は戦争孤児を減らす為に従軍看護婦になるのだと決めていたからだ。たとえ彼に止められてもその意志は、簡単に変えるつもりはなかった。彼がどうしてここにいるのかは分からなかったが、彼にはスザナがいる。こうして会えただけで十分だ。後ろ髪を引かれる思いだったが自分で決めたことは最後までやり通したい。

『君が死んでしまったら、俺はどうやって生きていけばいいんだ?キャンディ、お願いだからやめてくれ。ようやく君と生きていけると思ったのに本当に行ってしまうのか?生きて帰っってこられる保証もないのに、君一人行った所で何人の戦争孤児が救われるんだ?君には俺と生きていくという選択肢はないのかい?』

 彼は懇願する様に彼女を見つめた。彼女は信じられないという顔で彼を見つめ返した。今、君と生きていける…と言っただろうか?彼が?本当に?

『テリィ、今の言葉をもう一度言って頂戴。』

『あぁ、何度でも言う。君が死んでしまったら、俺はどうやって生きていけばいいんだ?キャンディ、お願いだからやめてくれ。ようやく君と生きていけると思ったのに本当に行ってしまうのか?生きて返ってこられる保証もないのに、君一人行った所で何人の戦争孤児が救われるんだ?君には俺と生きていくという選択肢はないのかい?』

 やはり聞き間違いではない。彼女は自分の頬をつねってみたが、彼はさっきと同じ事を言っている。

『テリィ、スザナはどうしたの?あなた達は婚約しているはずよ。私と生きていくってあなたは言うけれど…簡単に出来ることではないわ。』

 彼は彼女にそっとキスをすると、耳元で囁いた。

『キャンディ、俺はスザナに振られたんだ。俺の魂は君に向いているって…。君の所に行けって言われたんだ。この公演が終わったら、君に会いにいく予定だったんだが…。ヴィレルさんに、君が従軍看護婦になろうとしている事を聞いた。公演は団長に頼んで代役をたてて貰って、慌てて君を止める為に飛んできたんだ。キャンディ、君を愛している。今までもこの先も君だけを愛していく事を誓うよ。だから従軍看護婦に行かないでくれないか?』

 彼女は顔を真っ赤にして、黙り込んでしまった。耳元で囁かれる彼の声はとても甘く、彼女の心を溶かしていった。だが彼女は一度言い出した事を、簡単に覆す事はできなかった。

『テリィ…。もう少し早くにその言葉を聞けていたなら…。でももう私は決めてしまったのよ。だから…だから帰ってくるまで待っ…』

『駄目だ、君を行かせる事は出来ない。もうこれ以上待つ事は出来ないんだ。どんな手を使ってでも、君を戦場には行かせないよ、キャンディ。』

 そう言うと、彼はまた彼女をベッドに組み敷いた。荒いキスの雨を降り注ぐと、そのまま彼女の服を脱がせようとした。彼女を妊娠させれば、従軍看護婦に行けなくなる。彼女と及ぶ初めての行為はもっとゆっくりとしたかったが彼は止める気はなかった。最低な行為だと分かっていても彼女を戦場に送り出すくらいなら、後でどんなに殴られてもいい。彼女を妊娠させようと思ったのだ。彼の頭の中は混乱していて、他にはこれくらいしか彼女を止める方法が思い浮かばなかったのだ。

『あぁ、テリィ…!やめて頂戴!分かったわ、従軍看護婦に行くのはやめるから…。お願い、こんな方法で私を止めるのはやめて!約束するわ。あなたの側であなたと生きていくから…。』

 彼女がなんとかその言葉を絞り出すと、彼はピタリと動きを止めた。そして彼女を抱き起こすと、念を押す様に聞いた。

『今の言葉、本当だな?約束を忘れないでくれよ。』

 彼は安心した顔で笑っていた。彼女が恥ずかしそうに、頷くと彼は今度は優しく彼女にキスをした。