彼は彼女を連れてお屋敷に戻った。彼女はきまり悪そうな顔をしている。彼はクスクスと笑いながら、彼女の隣を歩いていた。荷物を置いていた部屋に入ると、テーブルの上に2人宛に手紙が置いてあった。彼女は拍子抜けした顔をして、手紙を彼に見せた。手紙には、今夜はもう遅いから自分達は使用人が残ってるラガン家に泊まる事、話は明日する事、明日の昼過ぎにこちらに来る事、彼に彼女を見ていてほしいという事が書いてあった。

『テリィ、そういう事らしいから客室を用意して来るわね。どの部屋がいいかしら?』

 彼女がそういうと、彼はからかいながら言った。

『キャンディ、客室なんていらないと思わないか?』

 彼女は心底不思議そうな顔をしている。

『どういうこと?テリィ。あなたはお客様じゃない。』

『こういう事さ、ターザン・そばかす。』

 そういうと彼は素早く彼女を抱き寄せて、熱いキスの雨を降らせた。彼女は真っ赤になりながら、反論しようとして口を開ける。もちろん彼はまた舌を捩じ込ませて彼女が立っていられなくなるまでキスをやめなかった。彼女の力がガクンと抜けたのを感じた彼はそのままお姫様だっこをしてソファまで連れて行った。彼女は真っ赤な顔のまま、呟いた。

『テリィったら…。あなたはいつも強引なのね。昔から、変わらないわ。』

『そういう君こそ学習能力が変わっていないな。まぁ俺はその方がいいんだが…。』

 彼女は悔しそうな顔で彼を睨んだ。

『学習能力って何よ。そりゃあ昔から頭はいい方じゃないけど…。』

『ほらまたそういう顔をして俺を煽っているじゃないか。君は無自覚すぎるんだ。』

 彼はそう言うとため息をついた。

『そういう顔?よく分からないわ。とにかくテリィ、部屋を用意してくるわね。』

 立ち上がろうとする彼女を笑いながら彼は引き止めた。

『客室は必要ないんだ、キャンディ。君の部屋に泊まる事にするよ。』

 彼女はようやくその意味を理解すると、また顔を真っ赤に染めた。

『テリィ、結婚前の男女が同じ部屋で眠るのはよくないわ。あなたが私の部屋で寝るのなら、私が客室に行く。』

『その必要はないぜ、キャンディ。僕らの心はいつだって一緒にいた。夫婦同然じゃないか。それに手紙には、君を見ていてくれと書いてある。つまりアルバートさん公認って訳だ。さぁ、プリンセス。我らが寝床にご案内を。』

 そう言って彼は彼女を抱き上げた。彼女は恥ずかしそうにジタバタとして

『分かったわ、テリィ。でも自分で歩くから…。降ろして頂戴。』

 と言った。彼は楽しそうに笑うと彼女を静かに降ろした。彼が手を取ると彼女は部屋に案内した。

『テリィ、あなたはベッドを使って頂戴。私はソファで寝るから…。今日はもう遅いから話は明日の朝にしない?あなたも長旅で疲れているでしょう?私は大丈夫だけどあなたが心配なのよ。』

 すると彼は真面目な顔をして言った。

『キャンディ、俺には君と話す事の方が大事なんだ。長旅といっても俺は役者だから慣れている。むしろこれくらいの距離なら大したことはない。君が大丈夫なら今は君と話をしたいんだ。』

 彼女は頷くとソファに案内した。彼が隣に座ると、彼女は照れくさそうに笑って立ちあがった。

『お茶でも淹れてくるわ。何がいいかしら?』

『俺も一緒にいくよ、キャンディ。』

 2人は台所まで行くと2人分の紅茶を淹れたポットと軽食を持ってきて、もう一度ソファに座ると話し始めた。

『何から話せばいいのかしら?』

『俺達にはたくさん話す事があるが…まずは君の話が聞きたい。俺達はあまりにも長い時間、運命に逆らって生きてきた。話すだけでは俺達が失った時間は取り戻せないけど君はこの10年間、何をしていたんだい?』

『もう10年も経っていたのね。私の話はつまらないかも知れないけど…。あなたと別れた私は、あの日すぐに汽車に乗って帰ったのよ。汽車の中で倒れて…アーチーがシカゴの駅まで迎えに来てくれた。目が覚めた私はアードレー家の本宅にいたわ。アーチー、アニー、パティがずっと側に居てくれたのよ。でもステアがいない事に気がついて…。皆に聞いたら戦争に行ってしまった事を教えてくれたの。手紙1つ残して…。目が覚めた私をエルロイ大叔母様はすぐに追い出したわ。アーチーやアニーが、アルバートさんの待つ部屋に私を連れて行ってくれたのよ。熱が出ていた私をアルバートさんは優しく見守ってくれて…。思いっきり泣けたのはアルバートさんの前だけだったわ。今はあなたが居てくれるけど…。それからしばらくしてステアの戦死を聞いたの。すごくショックだったわ。私はまたステアのお葬式に参加することを許されなかったのよ。アンソニーもお葬式に参加できなかったの。だから私は、未だにあの2人が死んでしまった事が夢の様に感じる時があるのよ。パティが自殺までしようとして…。ステアはね、あなたに会いに行く日の朝に見送ってくれたのよ。ステアは誰にも見送って貰えなかったというのに。キャンディが幸せになり器っていう物をくれて優しい笑顔で見送ってくれた。それが私がステアに会えた最期の時だった。まさかあれが最期になるなんて…。悲しかったわ。その直後にアルバートさんまでいなくなっちゃって…。ロックタウンから小包が届いたから私はアルバートさんを街に探しに行ったのよ。そしたらテリィ、あなたがいたのよ。驚いたわ。あんなにボロボロの小屋でお酒を飲みながら適当な演技をしているんだもの。あなたはこんな所でお芝居をしている人じゃないのよ。私はこんなテリィを見たくて別れた訳じゃなかったの。そう思ったら、涙が出て来ちゃって…。でも途中から本来のあなたに戻ったわね。安心して小屋を出たら…あなたのお母様にお会いしたのよ。それで…』

 彼は驚いた。あの時、幻を見たと思っていたがあれは本物だったのだ。やはり自分に力を与えてくれていたのは彼女だった。嬉しさと同時に、情けない所を見られた恥ずかしさがこみ上げる。他にも彼女は色んな事を話した。ニールの事件の事、彼を忘れたふりをして生きていた事、ニールと婚約させられそうになった事、アードレー一族の大叔父様の正体がアルバートさんだった事、マーチン先生の事、ポニーの家に戻って手伝いをしながら生活していた事、ポニー先生が亡くなった事、アニーとアーチーが結婚した事。ゆっくりと話をしながら彼女は楽しい話では笑い、悲しい話では涙を零していた。そして彼はそんな彼女の話を聞きながら色んな事に思いを巡らせていた。ステアの戦死…。彼女はどう思ったのだろう。ステアに最後に会ったのが、パティじゃなくて自分だと知った時…。きっとパティに申しわけない、と考えていたのだろう…。やはり、恋人を置いていったステアに心の中で怒っていたのだろうか。それともただ、悲しみに覆われていたのだろうか。最後に彼女を見送った時のステアはどんな気持ちだったのだろう。いつだったか、ステアと話した時に彼女には幸せになって欲しい…と言っていた。もしかしたらステアが本当に好きだったのは、彼女なのかも知れない。もちろんパティの事は、好きだっただろう…。表面上では愛していたのかも知れない。だがステア自身も気がついていなかった心の奥底では、やはりパティではなくて彼女を愛していたのではないだろうか。そうでないと、ステアが最後に会った人が何故彼女だったのか…という説明がつかない。本当にパティを愛しているのなら、彼女を見送った後に会いに行くべきだった。幸いな事に彼女達はその事には気がついていないだろう。彼は自分の胸の中に留めておく事にした。彼女とニールの1連の事件については事前にアルバートさんから聞いていたとはいえ、改めて彼女の口から聞くとニールに対して苛立ちと同時に殺意を覚えた。今度会ったらただじゃとおかない。彼が色んな事を考えているうちに、彼女の話は終わった。

『…私の話はこれで終わりよ。テリィ。ね、つまらない話でしょう?』

『いや、面白かったよ。ポニー先生とステアの件は、残念だった…。ステアとはいつか共同研究しようと約束をしていたんだ。憎めない笑顔がとても印象的だったよ。いつか語り合いたいと思っていたのに本当に残念だ。ポニー先生にももう一度お会いしたかったよ。君の幼い頃の事を聞いてみたかったんだ。あの暖かい人柄もとても好きだった。俺は母親の愛情をあまり知らない。今はあの人とも交流はあるが…。ポニー先生に会ったら母親ってこんな感じなのだろう、と初めて思えたんだ。それとニールの1連の事件は許せない。君が無事で本当によかった。君に何かあったら俺はアイツの事を殺してしまう所だったよ。』

 彼は微笑んでそう口にした。彼女は苦笑いすると、

『テリィ、私もニールの事は許せないけど…何もニールを殺すだなんて…。大袈裟よ。もし私に何かあったとしても私がコテンパンにしているわ。だから殺すまで行かなくてもいいのよ。』

 と言った。今度は優しく微笑むと彼女は続けた。

『でもテリィ、ステアの事を覚えていてくれたのね。嬉しいわ。共同研究ってステアが言いだしたんでしょ?いつも、あなたの手は研究者向きだって言ってたもの。ポニー先生には私ももう一度会いたいわ。もちろんステアもだけど。いつも私の心配をしていたから、私が幸せになった所を…見せてあげたかった。ねぇ、テリィ。今度はあなたの話が聞きたいわ。大体の事は新聞で知ってるけど、あなたの口からちゃんと聞きたいの。

 彼は頷くと、話しだした。

『俺の話こそつまらないと思うが…。キャンディ、あの日君に辛い選択をさせてしまってすまなかった。俺はあの時君にプロポーズをするつもりで片道切符を送ったんだよ。それがあんな事になるなんて…。君の優しさに甘えて俺はしてはいけない選択をした。自分で決めた事なのに、俺は君を忘れる事ができずに…失踪したんだ。女々しいだろ?あのボロボロの小屋で酒に浸りながら、適当な芝居を繰り返す日々…。俺はどんなに辛くても芝居がやめられないと思い知ったよ。そんなある日俺は君が泣いている幻を見た。あれは君本人だったんだな。とにかく俺は君に力を貰って劇団に返り咲いた。毎日スザナの見舞いに行きながら芝居をしていたんだ。君とした約束を果たす為に…。君を忘れようと何度思った事か。それでも俺は忘れる事ができずに苦しんだ。俺を支えたスザナの愛、だなんてゴシップ雑誌や新聞は騒ぎたてていたが…俺を支えてくれていたのは君なんだよ。あれから…』

 彼は色んな事を彼女に話した。とは言っても彼が語ったのは彼女への想いが殆どだった。要約すると何をしていても思い浮かぶのは彼女の事で、スザナには感謝はしていたが一度も愛する事はなかったという事を永遠と語っていたのだ。彼女は彼の赤裸々すぎる告白に、顔を真っ赤にして話を聞いていた。彼女が新聞で彼に何が起きていたか知っていたから、彼はあえてその話ではなくて彼女への想いを語ったのだ。スザナとの日々を語るふりをして、その内容は彼女の事だらけだった。彼女は彼も自分と同じ想いをしていた事が嬉しかった。やはり彼はアンソニーが出会わせてくれた、運命の人だったのだ。彼が、スザナに振られた所まで話し終えると彼女は安心した様に笑った。

『テリィ、あなたも私と同じ想いをしていたのね。安心したわ。だって私だけだったら恥ずかしいもの。』

『当たり前だよ、キャンディ。君は俺に愛を教えてくれた太陽の様な存在だからな。簡単に忘れられるはずがない。』

『あらテリィ、太陽の様な存在はあなたの方じゃない。私はあなたがいたから…』

 彼等は朝になるまで、自分達の愛を確かめて語り合っていた。寝不足になって、翌日の昼にみんなが来るまで寝ていたことは言うまでもない。