アニーが帰ってから4日が経った。彼女は手紙を出す、と言いながらなかなか出せずにいた。書いてはみたものの、あーでもないこーでもないとなかなか纏まらないのだ。
『キャンディ、あなたならできるはずよ!あなたが決めたことでしょ?あ、愛しているなんて書いてるわ。そんな事書いたら負担になっちゃうじゃないの。スザナに悪いわ。二度と会わないって約束したのに。本来なら、手紙だって出しちゃだめなのに…。初めにスザナ宛に書こうかしら?それも迷惑かしら?アニーに迷惑をかけたくなかったから約束しちゃったけど…。うーん…』
そんな悩ましげな声を出している彼女を影から見ている人達がいた。彼らは顔を見合せて困った顔をしていた。1人は彼女から聞いた事のある名前でなんとなく察しがついたという顔をしている。もう1人は何が何だか分からないという視線を隣にいる女性に向けていた。その女性は苦笑いを返した後、彼女を心配そうに見つめている。3人はそれぞれの想いで物陰から彼女を見ていた。
『キャンディ…。』
『スザナ…。彼女から聞いた事がある名前だ。だが何故…?今になってスザナの名前を出すと言うことは…』
『スザナとは何者なんです?僕はキャンディからその名前を聞いた事がありません。彼女とスザナはどんな関係なんですか?』
『スザナと彼女はライバル…といった所だ。君と昔の彼らの様な…アンソニーとステアの様な関係だ。ただ彼女達は君達の様に仲は良くない。だが彼女達もお互い心の底では認めあっているんだろうね。』
『なるほど…。でも何故アニーに迷惑をかけたくなかったから手紙を出す約束をしたんでしょうか?そもそも誰に、手紙を…それに愛しているって…。』
『キャンディ…あの子はきっとまだあの方の事を…。』
『あの方って…もしかして…』
『アルバートさん、アーチー、レイン先生!』
彼らが気がつかない内に彼女は彼らの存在に気がついた様だ。彼らはいたずらがバレてしまった時の子供の様に、肩を動かした。
『3人共、いつからいたの?全然気がつかなかったわ。』
『ごめんよ、キャンディ。君があまりにも…集中していたから。』
『キャンディ…少しは元気を取り戻せたようね。安心しました。』
『キャンディ!どういう事なんだい?君はまだアイツの事好きなのか?アニーに迷惑をかけたくないって何があったんだい?』
彼女の肩を揺するアーチーの瞳は真剣そのものだった。彼女はアーチーの勢いに圧倒されながら
『アーチー、落ち着いてちょうだい。ちゃんと話すわ。』
と言った。それでもアーチーの興奮は収まらない様で、アルバートさんがなだめるとようやく少し落ち着いた。
『この間、アニーと話していたのよ。本当は彼…テリィの事が私は忘れられていなかったの。それでも彼にはスザナがいるわ。だからただただ想うだけにしようと思ったの。だけどアニーがそれじゃあ駄目だって…私が彼に会わないなら、アニーが手紙を書くって言ったのよ。アニーが手紙を書いたらアーチーが嫌な思いをすると思って…。迷惑をこれ以上かけたくなかったの。私は彼に会う気はないわ。だけど手紙を書く約束は守らなきゃ…って言う訳で書いてみたんだけどなかなか纏まらないの。それに書き出したら変な事ばかり書いちゃうし…。かれこれもう4日よ。』
男性陣は複雑そうな表情で彼女の話を聞いていた。一方レイン先生は安心した顔をしていた。当の本人は顔を紅く染めている。
『キャンディ、アニーとの約束なんか守らなくていいよ!君は君の決めた決断を優先するべきだ!それよりも…君はなんであんなヤツなんか…。』
『まぁまぁ、アーチー。落ち着きなさい。』
『ありがとう、アルバートさん。大丈夫よ。ねぇアーチー?約束は守るべきだわ。私は彼との約束を守れなかった…。でもね、この手紙を出すことで守れる気がするの。テリィなんか…って言わないで頂戴。私達はお互い好きで別れた訳じゃないのよ。私が勝手に彼の元から去っただけ。私達にどうしてもは離れなければいけない事情があった。彼はきっと今は幸せよ。だからこそ私は彼に謝らなきゃね…。
彼が別れる時に私に出した条件はね、私が幸せになることだったの。そして私も同じ条件を彼に出した。私が出した答えを受け入れてくれた彼も随分苦しんだ事を、あなたも知ってるはずよ。そしてアーチー、お願いだからアニーを責めるのはやめてね。アニーが気がつかせてくれたのよ。後悔しても仕方がないって…。後悔するよりも、前に進むことの方が大事なの。今回私が彼に…テリィに手紙を出すのはこれ以上後悔し続ける訳にはいかないからよ。それに迷惑もかけたくないから。アーチー、安心して頂戴。私はテリィにこの気持ちを伝える気はないわ。彼の新しい幸せを一度でも願って離れたのは私よ。スザナとの約束は破る事になるけど、これで最小限に抑えられるわ。私は大丈夫。返事も期待していないし。それにこの手紙が書き終わった後…少し遠い所に行こうと思っているの。』
アーチーが渋々、と言った感じで頷いている横で今度はアルバートさんが取り乱していた。とても嫌な予感がしたのだ。アーチーも彼女が少し遠い所に行く…と言った途端に顔を真っ青にして取り乱した。レイン先生は、不安気な顔で2人をなだめていた。
『キャンディ、旅立つって何処に行くつもりなの?』
『レイン先生、それはまだ分かっていません。でも私は、このままじゃいけないんです。従軍看護婦に行こうかと…そう思っています。あの時…後悔したんです。ポニー先生の紹介で行った、メリー・ジェーン看護学校で出会った…フラニーに対して。彼女は従軍看護婦として戦場に行った人です。私は代わって欲しい、と彼女に言ったんですよ。怒られちゃいました。確かに彼女に言ったのは…言ってはいけない言葉でした。でもあの時、手を挙げなかった事を後になればなるほど…後悔しちゃって。私は死にに行く訳ではありません。私は孤児を1人でも少なくしてあげたいんです。レイン先生、私はずっと幸せでした…。ポニーの家で育った事に感謝しています。生まれ変わったとしてもまたポニーの家で育ちたいくらいです。ですが、ジミーの様に…お母さんやお父さんとの思い出がある子共から両親を取り上げたくないんです。戦争によって…、親を失くす必要のない子供達の父親がたくさん亡くなっています。』
『でもキャンディ、君が行くことはないだろ!』
『アーチー、そうね。私の力なんて限られているし、私が行った所で戦争が終わる訳じゃない。でも私が行って…、誰か1人でも多くの人が助かってその子供が父親を失くす事がなくなったら?嬉しい事だと思わないかしら。それに私が簡単に死ぬとでも思う?キャンディ様をなめてもらうと困るなぁ。いざとなったらターザンでもして帰ってくるんだから。砲弾なんか当たりはしないわよ。それに人間は必ず死んでいくのよ。どんなに生きていたくたっていつかは死んでしまうの。もちろんまだ死ぬ気はないけど…私はもし砲弾にやられて死んでも後悔はしない。アンソニーもステアも私を守ってくれるわ。…ポニーの家に帰るのは今は辛すぎる。どこに行ってもポニー先生がいる様な気がするんだもの。…かと言ってこのレイクウッドのお屋敷に長居するのも申し訳ないし…。お願いです、アルバートさん、レイン先生!私を戦場へ行かせて下さい。』
彼女は頭を下げて2人に頼み込んだ。だが2人共首を縦に振らなかった。隣にいたアーチーも難しい顔をしている。
『僕は反対だ。キャンディ。君は危なっかしすぎる。確かに君の腕は一流だ。だが君は戦地を知らない。僕は記憶喪失になった。それも戦地に向かう途中で…。無事に戦地までいけるのかも分からない。ましてや帰って来れるのかも、分からない。傷の手当をしていた看護婦が、砲弾に当たって亡くなった事だって数えきれないくらいある話なんだ。』
『キャンディ、その通りよ。あなたが孤児を一人でもなくしたいと思う事には反対しません。素晴らしい事だと思います。だけど戦場にいくのは反対です。娘同然のあなたを何が悲しくて戦場にやらなければいけないのです?私達はあなたを失いたくないのよ。』
『僕も反対するよ、キャンディ。みんな、これ以上悲しい思いをしたくないんだ。ステアを思いだしてくれ。ステアが亡くなった時、どんなにみんなが悲しんだか。パティなんて死のうとまでしたんだ。アンソニーの事も思いだしてくれ。生きていたらその言葉を聞いてどんなに悲しむか!アイツだってそうさ。君、やけになっているんじゃないだろうね?キャンディ、君は必要な人間だ。君が戦場に行って悲しむのは僕達だけじゃないぞ。トムにジミー、パティ、アニー、それにマーチン先生。君と幼い頃を共にした、たくさんの子供達だって悲しむんだ。ポニー先生だって天国で泣いているだろうな。アンソニーだって天国で怒っているはずだ。君はアンソニーの死を目の当たりにして、人の命がどれ程儚くて脆いものか知っているはずだ。そして残されたもの達がどれだけ悲嘆にくれる事になったのかも。君は知っているはずだ。アンソニーを、ステアを失った後の深い後悔と悲しみを。アンソニーは君に深い傷と、馬に対するトラウマを残していったね?だけど彼は死にたくて死んでいった訳ではないんだ。兄貴は自分から望んで戦場へ行った訳だがパティに深い悲しみしか残せなかった。僕達にも悲しみと後悔を残していった。それはアンソニーも同じだけど…。それ以来、僕達は戦争を憎んできたね?君をあんなに邪険にしていた大叔母様もニールと君の婚約を認めるくらい。キャンディ、これ以上僕達から大切な存在を奪わないで。君がもし砲弾にやられてしまったら先に逝った2人に僕は合わせる顔がない。キャンディを守る3騎士の最後の砦の僕は、君を見守る義務がある。それは君が幸せになるまで続くんだ。それに君が戦場に行ってしまったら僕は一体誰とアンソニーと兄貴と4人で過ごした日々を語ればいい?考え直してくれ。僕はどんな手を使っても阻止するよ。』
そう言うとアーチーは走って出ていってしまった。
『アーチー!キャンディ、僕も断固阻止するつもりだ。』
アルバートさんもアーチーを追いかけて走っていった。残されたレイン先生は彼女を見つめて言った。
『キャンディ、よく考え直して頂戴。あなたはあなただけのあなたではないのよ。あなたにはアニーや、パティさん、コーンウェルさんに、アードレーさん、マーチン先生に、私も…その他にもたくさんの人がいるのよ。あなたには、テリュースさんもいるわ。あなた達はお互い嫌いになってお別れした訳じゃないんでしょう?アニーから全部聞いているわ。あなたは彼に会えないかもしれないけど、その想いは繋がっているはずです。キャンディ、強くなるのよ。彼もあなたが戦場に行くことは望んでいないはずです。もしも、彼が軍隊に入って戦場に行くと言ったとしたら…あなたは彼を引き止めるでしょう?それと同じですよ。私達もあなたを引き止めるわ。キャンディ、死んでしまったら二度とテリュースさんには会えませんよ。生きていたら…いつか会えるかもしれないのに。今は無理でも、時は流れるわ。そして時と共に状況も変わります。コーンウェルさんは、彼との事を反対していたけど…私は賛成よ。キャンディ。大きな声ではいえないけれど…。お願いだから自ら死にに行く様な真似はやめて頂戴。』
レイン先生の真剣な瞳に、彼女は曖昧な笑みを返すしかなかった。誰になんと言われようと、もう行くと決めていたからだ。アニーが帰ってから、悩みに悩んで出した結論をそう簡単に変えるわけにはいかないのだ。ステアが戦死をした時、パティが大切ならば戦争に行くべきではなかったとアーチーは言っていた。彼女もその通りだ、と頷いた。確かにその時は、アーチーの言うとおりだと思っていた。今も少なからずそう思う気持ちは残っている。パティが、どれだけ苦しんだのかを知っているからだ。それでも今の彼女が戦場にいく決心をしたのは、後悔をこれ以上したくないからだ。生きている間に人は必ず後悔をする。彼女もたくさんの後悔をしてきた。自分がもしメキシコに行っていたら…?アンソニーは死なずに済んだのかもしれない。自分が養女にさえならなかったら、狐狩りのパーティーもなかったら?きっとアンソニーは生きていた。ステアの事だってそうだ。自分がもし何か気がついていたら、志願兵になって戦場に行く事を止める事ができたかもしれない。後悔は彼に…テリィに対しても沢山あった。もっと素直になっていればよかった。あんな別れ方をするなら、無理をしてでも…もっと側にいるんだった。彼がどこにいるのか分かった時に追いかけるべきだった。スザナの為に別れる選択をせずに、スザナを説得して何でもして2人が一緒にいられる方法を探していればよかった。3人が納得する形で彼の側にいたかった。どんなに努力してもおさまらない後悔もある。だけど、努力をしておさまる後悔もある事を彼女は知っていた。今更だが…従軍看護婦に行けば現実に縋って手を挙げられなかった後悔は、もうしなくて済む。そしていつか、忙しさに追われて彼の事を思い出すこともなくなるだろう。自然に彼の事を忘れられるだろう。今の自分には、純粋に彼の幸せを願う事はできない。そんな自分が嫌だった。
『あなたがポニーの家に戻ってくるのを待っていますよ、キャンディ。』
そういうとレイン先生も部屋を出て行った。
『先生、ごめんなさい。私、どうしても行かなきゃ…。』
彼女は静寂に包まれた部屋で1人呟いた。彼女の答えは誰に届く訳でもなく、自分に返ってきた。みんなの説得に少しでも揺れた自分に対しての答えだ。溜息をつくと彼女はまた手紙の続きを書き始めた。彼女が従軍看護婦になる為の旅立ちの準備を進めようとしている中…、彼女の運命は大きく変わろうとしていた。