彼女はようやく手紙を書き終えた。結局、書き終えるのに1週間かかってしまった。
テリュース・グレアム・グランチェスター様
突然の手紙、お許し下さい。あなたに届くか分からないけれど…。テリィ、私よ!ターザン・そばかすです。覚えているかしら?それとも…もう忘れられている? いいえ、届かない手紙でもいいわ。忘れられていてもいいの。私が書きたかっただけなんだから。テリィ、お元気ですか?あなたの活躍を、いつも新聞の記事で見ています。やっぱりあなたは演劇が好きなのね! 挫折して立ち直ったあなたは素敵よ!それでこそ私の大好きだったテリィなのよ。舞台は見にいけないけどあなたが舞台に立った時、アメリカの片田舎から熱烈に拍手を送る私がいる事を忘れないでね。そうそう、スザナもお元気かしら?あなたの隣にいるなら大丈夫よね?私が手紙を書いたのは謝りたい事があったからなの。テリィ、私…あなたに謝らなきゃ。別れた時にした約束、とうとう果たせませんでした。ごめんね。あなたはきっと果たしてくれたのでしょうけれど…。私はどうしても約束を果たせなかった。努力はしたのだけど…。きっと今もこれからも果たせる気がしないわ。その代わり、私は自分だけの道に進む事にしました。誰に止められても諦めないわ。テリィ、これが本当の最後の手紙になりそうです。私がこれから進む道は、そう簡単に戻れる道ではないのです。この先、アニーやアーチー、アルバートさんやパティにも二度と会えないかもしれません。もちろんあなたにも…。生きていても会えない運命がある事はあなたも知っているわね?私は自らその道に進もうとしています。あぁ、怖い。でも覚えていてね?テリィ。私がこの選択を後悔していない事を。私はあなたといつか天国で再会した時に、自信を持って話せる様に生きていきます。さようなら。テリィ…。誰よりもあなたを愛していたわ。こんな事を書いたらスザナに怒られちゃうわね!ごめんなさい。最後に1つ。あなたが世界の誰よりも幸せであります様に…。あなたの活躍を遠くから祈っているわ。
T.S
最後のT.Sはターザン・そばかすの略だった。彼女は本当はキャンディス・ホワイト・アードレーの略を、書こうとしていた。でも本名を書く勇気はなかったのだ。彼以外の人にこの手紙を見られたら…と思うと、どうしても本名を書くことができなかった。彼女はもう一度手紙を見直すと、そっと封筒を閉じた。会いたくて会いたくて、仕方がない彼にこの封筒だけでも届くのだ…と思うと嬉しかった。
『テリィ…。少しでもいい。私の事を思いだしてくれたら…。って未練がましいわね!キャンディ、あなたは前に進むの。テリィももう前に進んでいるんだから!頑張るのよ!』
ポストに手紙を投函すると彼女は従軍看護婦になる為の準備を始めた。もう会えないかもしれない沢山の人達に、自分を引き止めてくれているアルバートさんや、アーチー、レイン先生に別れの手紙を書き始めた。
一方その頃、アルバートさんはジョルジュに彼の行方を大急ぎで探させていた。彼女を引き止められるのは、もう彼しかいないと分かっていたからだ。渋るアーチーを説得してジョルジュが彼を見つけたのは、彼女が手紙を出してから3日後の事だった。彼女の手紙は、まだ彼には届いていなかった。彼の滞在するホテルの電話が鳴り響いたのは彼が講演から帰ってきてすぐの事だった。
『グレアム様、面会をご希望の方がいらしております。』
ところが疲れていた彼は、
『申し訳けないが、いないと言ってくれないか。』
と言った。ホテルの従業員は断ろうとジョルジュに視線を向けたが、有無を言わさないその視線に耐え兼ねて
『グレアム様…申し訳けございませんが、お客様が緊急のご用事があるとか…。アードレー様と仰るそうです。』
とおずおずと彼にいった。その名前を聞いた途端、彼は飛び起きた。彼も彼女に、手紙を出していたのだ。
キャンディス・ホワイト・アードレー様
君は元気でいるのだろうか?あれから本当に…随分と時間が経ってしまった。キャンディ…君はもう違う人と人生を歩んでいるのか?それともまだ1人で…?いや、今の俺が聞いてもいい話じゃないな…。君に手紙を書いたのは、スザナと結婚するからじゃない。スザナと別れる事になったからだ。キャンディ。誤解はしないでくれ。俺が一方的にスザナに別れを告げた訳じゃないんだ。結論から言うと、情けない話だが…俺がスザナに振られたんだ。君の約束を守れなくて済まない。 俺はスザナを愛そうと、努力はしていた。だが努力が足りなかった様だ。俺の魂は君に向いてるのだ、と言われてしまった。そうだ、俺は何も変わっていない。君が好きだ。愛している。どうだい?素直だろう?君が顔を赤くしているのが想像できるよ。キャンディ、君に会いたい。今度の講演が終わったら会えないだろうか?もちろん君がまだ1人ならの話だ。取り急ぎ返信を求む。
T.G
その手紙は、まだ彼女には届いていなかった。だが彼は手紙を読んだ彼女が、もしかしたら来たのかもしれないと思った。
『至急通してくれないか。それからもう1つ部屋をとってくれ。』
と彼は言った。突然の再会を期待した彼は扉を開けた時、沈痛な面持ちをした男に驚いて何も言えなかった。その男は礼儀正しく彼に一礼をした。
『グレアム様、初めまして。夜分の突然の訪問を、お許し下さい。私、ジョルジュ・ヴィレルと申します。本日お伺いしたのは、ウィリアム・アルバート・アードレー様の代理でキャンディス・ホワイト・アードレー様についてのお話があったからでございます。』
彼はジョルジュを中に通すと、ソファに案内をした。
『ヴィレルさん、お掛け下さい。それでお話とは…?彼女の身に何かあったのですか?』
彼は焦った様に身を乗りだした。
『いえ、まだ何も起こっておりません。まずはウィリアム様からの手紙をお読み下さい。』
そう言ってジョルジュは彼に手紙を渡した。
テリュース・グレアム・グランチェスター様
突然の手紙で申し訳けない。テリィ、久しぶりだね。僕はロンドンで会ったアルバートだ。覚えているかい?驚いただろう?僕の正体が、ずっと彼女が口にしてたウィリアム大叔父様だったなんて!僕も驚いている、なんて言うのは半分冗談だ。こんな話は置いておいて僕が君に手紙を出したのは、他でもない彼女について話があるからなんだ。始めに言っておくが、僕は君が彼女を選ばなかった事を責めるつもりはない。君達の事情はよく知っているからね。君達は別れざるを得なかった。きっと僕が君達でも同じ選択をしただろう。今回、君に手紙を出したのは頼みがあるからなんだ。あれから10年、彼女は最近までポニーの家にいたんだ。ところが最近残念な事にポニー先生が亡くなったんだ。彼女が落ち込んでいたから僕は彼女をレイクウッドの屋敷に気晴らしに行かせた。それが間違いだったのかもしれない。時々様子を見に行っていたんだが、この間、彼女がとんでもない事を言い出したんだ。これ以上は後悔をしたくないから従軍看護婦として戦場に行く、とね。もちろん僕達は必死で止めているんだが、彼女は聞く様子がない。曖昧に笑って頷くだけなんだ。僕には分かる。伊達に養父として彼女を見ていた訳じゃない。彼女は今も戦場に赴く準備をしている。テリィ、君にはもう決まった奥方がいるのかもしれない。こんな事を頼むのは申し訳けないが、彼女を止めてもらうことはできないだろうか?君に手紙を持ってきたジョルジュに言付けを頼む。
ウィリアム・A・アードレー
彼は初めは驚いたり、少し笑っていたりしたが、後半になるに連れ顔が真っ青になっていった。
『ヴィレルさん、どういう事です?何故彼女は従軍看護婦なんかに…?』
『キャンディス様は昔…、従軍看護婦になろうとしていた時期がある様でして。従軍看護婦の選抜時に手を挙げられなかった事を後悔していらっしゃる様でございます。』
彼はよくよくジョルジュの顔を見ると、ジョルジュの顔も真っ青になっている事に気がついた。彼の頭に彼女が、従軍看護婦として戦場に赴く姿が流れた…。グズグズしていたら、彼女は…手の届かない所に行ってしまう。講演が終わるまで待ってはいられない。
『ヴィレルさん、あと1日だけこちらに泊まって頂けないでしょうか?僕を彼女の所に連れて行って下さい。明日の朝、団長に話をつけてきます。』
『未来の奥方様は大丈夫なのでしょうか?』
ジョルジュは不安そうに彼に訪ねた。スザナの存在を、ジョルジュも知っていたのだ。
『ヴィレルさん、僕に未来の妻はもう居ません。数日前に別れを切り出されまして。新聞社にはまだ公表していないのですが…。僕はこの講演が終わり次第、キャンディス嬢にお会いしようと思っていたのです。手紙も出していたのですが、まだ届いていないみたいですね。ご存じかと思いますが…僕と彼女は昔、恋人でした。あの忌まわしい事故さえなかったらきっと今は…。僕達は別れざるを得なかったのです。僕は別れた後も僕は彼女を愛してきました。今も彼女を愛しています。彼女はどうか分かりませんが…。』
彼の言葉を聞いて、ジョルジュは少し安心したという顔で頷いた。だが今度は彼の瞳が不安気に揺れていた。彼女が他の誰かを想っていたら…自分が行く意味がないと思っていたのだ。
『これは…失礼致しました。ご安心下さい、グレアム様。キャンディス様は今でもグレアム様を愛しておられます。ウィリアム様に託された彼女の日記にもあなた様の事で、いっぱいだ…とウィリアム様も仰っていました。』
今度は彼も安心したという顔で笑った。しばらく2人は談笑をした後、眠りについた。彼は、彼女がどんな女性になったのか想像を巡らせながら横になっていた。だが彼の不安は尽きなかった。もしも間に合わなかったらどうしようか。彼がそんな事を考えているなんて夢にも思ってない彼女は、アメリカをたつ準備を着々と進めていた。