こんばんは。

昨日のビゼーについては、もう少し多くの音源を引き下げて、再度ブログの中で皆様に挑戦していきたいと思っています(笑)

まだまだ、若輩者でありまして、聴きこみがたりません・・・

ブログで多くの皆様の生の意見をお聞きすることは、とても勉強になりますし、刺激にもなりますし、何よりさらなるもっと聴きたい病が出てきます(笑)


どうぞ皆様今後とも宜しくお願い致します。



といことで本日は、あの悲愴です!


ヘルベルト・フォン・カラヤン

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1984)




チャイコフスキー

交響曲第六番ロ短調「悲愴」




私は運のよいことに、このカラヤンの最後の来日公演(BPO)で、この「悲愴」のプログラムを聴くことができました。大阪シンフォニーホールの立ち見席でありますが(笑)

さすがにカラヤン!さすがにベルリンフィル!

会場での本番前からの異様な雰囲気は今でも覚えております。

カラヤンがステージに現れた時、なんとも言えぬ緊張感とワクワク感と、それからカラヤンがかもし出す特別な空気が印象的でした。

あぁ・・・カリスマとはこういうものかと感じましたねぇ。。。


で今日のエントリーはカラヤン自身、7回目の録音となるウィーンフィルとの84年盤です。

これはたぶん私がもっとも聴いた悲愴であります。

カラヤンのチャイコというのは、実はいつも少し違和感を持って聴いています。

カラヤンのチャイコから聴こえてくる印象となぜか私のチャイコ像が微妙にずれるのであります。


それは特にこの悲愴が原因であるのです。

四番や五番、またバレエ音楽やコンチェルトではそのように感じないのでありますが、この悲愴はなぜかそう感じてしまいます。


なぜなんでしょう・・・?

完璧であるからでしょうか??

この演奏はやっぱり説得力があります。であるからこそ違和感が生まれるのでしょうか?

私はなにを求めているのか自分でもよくわかりませんが、チャイコフスキーはこのような演奏を望んでいたのだろうかという疑問が、心のどこかで引っかかっています・・・


皆さんはいかがでしょう・・・?



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