武蔵中の定員わずか144名の入試をクリアしてきた連中は予想通りすごい連中ばかりでした。当時筑駒は抽選があったので事実上の都内トップ校は武蔵でした。東大の合格率(合格者数/卒業生数)でも開成のはるか上を行っていました。武蔵の授業では大学受験に結びつくようなことは一切やらずに、先生方は自分の興味がある分野の学問もどきみたいな話ばかりしていました。生徒もそのうち受験勉強は自分でやるしかないと気づきます。私はそれは中3のときでした。中2までは麻雀ばかりやってたのに、中3になったら急に勉強に目覚めました。そしたら、中3の一月期の成績がなんと学年トップになったんです!武蔵は成績の順位なんて当然発表されませんが、おそらく学年トップの生徒にだけは担任が「お前、学年トップだ」と言ってくれるのでしょう。二学期からは「お前、またトップだ」に言葉が変わり、結局最後の高3の二学期までトップをキープし続けました。私は独習で中3が終わる頃には高校の全範囲を勉強しおえました。この時点で私が実際に受験した東大理科一類は確実に受かったでしょう。もしかしたら最高偏差値の理科三類(医学部に進むコース)も受かったかもしれません。医者になる気はサラサラなか ったので全く興味ありませんでしたが。
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開成がヤバいのでは、と書きましたが、最悪なのは筑駒だと思われます。私の最大の後悔は子供たちを2人とも武蔵でなく開成をうけさせてしまったことです。武蔵の良さをあれだけよく知っていたのに、偏差値があそこまで落ちてしまうと、同級生のレベルも昔よりかなり落ちてると思われ、そういう同級生とともに子供たちを学ばせるわけにはいかないと思ったからでした。結局長男は開成は落ちて、神奈川御三家の一角に入学しました。武蔵を受けてたら確実に受かってたでしょう。次男は開成を蹴って筑駒に入学しました。こここそがまさに最悪の中学と言えるでしょう 。次男は授業に初めて行って帰ってきて、すぐに言いました。「あの学校狂ってる。みんな初日から東大受験専門の塾の入塾手続きしてる!」と呆れ果ててました。御三家入試を勝ち抜いて集まった小学生が筑駒にチャレンジし、わすが勝ち残った120人です。そんな天才たちが中1から東大受験の準備などしてたら受かるに決まってます!
プロフィールに麻布は1980年代はちょっとレベル落ちてたと書いてしまいましたが、子供たちの中学受験(もう10年くらい前ですが)の際にいろんな学校回りましたが、麻布の化学部の生徒が目をキラキラさせながら「麻布絶対お勧めですよ」と僕らに話しかけてきて、麻布もやはりいい学校なんだな、と気づきました。さすが御三家!むしろ中1から東大に入るための鉄緑会という塾に生徒の大半がはいるらしい開成はやばいのでは、と思い始めてしまいました。自由な校風で制服がない武蔵や麻布とは一線を画しているような気がします。