電子書籍で出版した「網走五郎・神社物語」、今日の掲載は (34) 猫を飼う。

 

         (34) 猫を飼う

   五郎が勤め始めて1年が過ぎた時、社務所に野良猫が現われて住み始めた。最初は午後9時頃現れソファで3時間ほど居眠りし、再び何処かへ帰っていったが、そのうち日中も神社に居付くようになった。

   このことに気づいた事務局長金城勝一が「神社で猫を飼ってはいけない、動物管理センターに連れて行きなさい」と五郎に指示した。この日、事務局長の奥さんハルは休みだった。五郎は勝一に言われるまま動物管理センターへ届けた。

   動物管理センターとは動物屠殺場のことである。引き取り手のない動物は、一週間ほど預かった後、殺されるのである。

   翌日、出勤したハルは猫が居ないことに気づいた。

「猫はどうしたの?

「動物管理センターに届けました。局長に指示されました」

「なんてことをするの、すぐ連れ戻してきなさい!」

   ハルの剣幕に勝一は沈黙せざるをえなかった。ハルは躊躇している五郎を車に乗せ、動物管理センターから猫を取り戻してきた。かくして野良猫は神社の飼い猫として公認されたのである。

   演劇実験室・天井桟敷を退団してから放浪生活をしていた五郎は、公認された野良猫を見て思った。

『俺と似ている』

   この猫は三毛猫だったため「トラ」と名づけられた。まもなくトラは五匹の子猫を産んだ。普通猫は子を産む時、人の目にふれない所で産むといわれているが、トラは五郎には何の警戒心も示さず五郎が準備した箱の中で五郎に見守られながら産んだ。

   子猫は一週間程で目が開き、二週間目頃からヨチヨチ歩きが始まり、一ヶ月もすると部屋中を駆け回るようになった。五匹の子猫が駆け回る姿は一日中見ていても飽きなかった。じゃれ合うことに夢中になって机から転げ落ちたり、柱に激突して呆然と立ち尽くしたり、網戸を上まで駆け上るが下りれなくなり途中から墜落したりするのである。

  半年で、ほぼ成猫と同じ体型になった。この時大ピンチがおとずれた。五匹の子猫全てが猫ジステンパーにかかり次々と死んでいった。三匹目が死んだ時、ハルは残りの二匹を動物病院につれて行った。しかし助かったのは一匹のみだった。

   唯一生き残った子猫は、全身真っ白の雄猫で、逞しく育つように「ボス」と名づけられた。ボスは一年目頃から、近所の雄猫と喧嘩をして戻ってくることが多くなった。体に引っかき傷を作って戻ってくるから喧嘩した時はすぐ分かるのである。ある時など全身血だらけになって瀕死の状態で戻ってきて病院に連れて行き助かったこともあった。

   五郎は昔の自分の姿とボスを重ね合わせて見ていた。喧嘩は場数をふめば強くなる。最初は誰でも負けるのである。ボスは三年後には奥武山公園一帯を仕切る名前に恥じないボス猫へと成長していった。

   ある日、ボスはメジロを無傷のまま捕まえてきた。全くの無傷だったので、ボスの頭を「偉い、偉い」と優しく撫でてあげた。メジロは捕獲及び飼育が法律で禁じられているので、その場で放鳥した。

  ところが次の日には十姉妹を無傷で捕まえてきたのである。小鳥の捕獲は度々続くようになった。その度に五郎はボスの全身を撫で褒めてあげた。ボスが小鳥を捕まえてきたのは、戯れたり食べるためではなく、五郎から褒められたかったのである。

   ボスの性格はボス猫へと成長しても子猫当時と同じように優しかった。ボスはいつも五郎の布団で一緒に寝ていた。

   ある朝、目覚めたボスは部屋から出て行ったが、夜になっても戻ってこなかった。翌日も翌々日も・・・五郎は公園の警備詰所に捜索を依頼した。翌日、警備員から連絡があった。

「清掃員が一週間前、野球場裏で猫の死骸を見つけ土葬した」

   五郎は言われた場所にスコップを持って駆けつけ掘り起こした。ボスであった。

   野球場裏にはアメリカ軍人専用の会員制レストラン「シーメンズクラブ」があり、そこに仕掛けてあった毒物を食べての死であった。