電子書籍で出版した「網走五郎 神社物語」、今日の掲載は (25) 人を叩かなくなった

 

   天井桟敷時代、喧嘩と酒と女に明け暮れた網走五郎も、神主になってからは素行が徐々に改まっていった。一番変わったところは人を叩かなくなったことである。以前の五郎はよく人を叩いた。

   天井棧敷では公演が近付くとポスター貼りやチラシ配りを行なったが、ポスターやチラシにケチをつけた者は即殴りつけた。

   行き付けのバーで客にチラシを配った時、客の一人がチラシを破ってごみ箱に捨てた。配られたチラシに興味が無ければ誰でも捨てる。まして酒の席である。しかし五郎はそれを赦さなかった。

「おい、表へでろ」

客は柔道の有段者で格闘に自信があったのか、素直に呼び出しに応じて外へ出た。外へ出た途端、五郎は顔面に左ストレートをたたき込んだ。五郎の喧嘩は殆ど左ストレート一発で倒している。相手は倒れた時、路面のコンクリートに頭を打ちつけ気絶した。サイレンが聞こえたのでパトカーだと思い五郎は逃走した。暫らくして、なに食わぬ顔をして店に戻ると、パトカーではなく救急車であった。店のママが、死ぬかと思い呼んでいたのだ。そのまま放置していたら本当に死んでいたかも知れなかった。

   天井棧敷を離れてからも、よく人を叩いた。

北方領土から戻った後、札幌でタクシーの運転手をしていたが、その時は客を殴りつけた。二十歳過ぎの若い女性と四十歳前後の中年男性のアベックをラブホテルまで乗せた。若い女性が、空室確認のため車から降りてホテル玄関に向かった。小雪がパラツク寒い日だったので五郎は車の後部ドアを閉めた。

「なぜ閉める」

車内に残った男性客が五郎に文句を言った。

「寒いからです」

「なに!」

   喧嘩越しの客の言葉にカチンときた五郎は運転席を離れて外に出た。客を車が引きずり降ろして帰ろうと思ったのである。ところが客も一緒に車外に出てきた。五郎は即刻、客の顔面にパンチを叩き込んだ。客は三㍍ぐらい吹っ飛んで倒れ込んだ。

騒ぎに気付いた女性が慌てて引き返してきて、五郎に抱きついた。

「やめてください!」

女体の柔らかい感触が五郎に伝わってきた。

「帰ってください」

女性はタクシー代を握らせ、泣きながら懇願した。五郎は女性の懇願を受け入れ、その場を引き上げた。幸い会社への訴えはなかった。

   ヤクザを殴ったこともあった。札幌の歓楽街薄野で車一台が通れる路地を通行中、ヤクザの運転する対向車とかち合った。車から降り、どっちの車が譲るかで口論となった。どちらも譲らなかった。相手は二人だった。

「北斗会の者だ、事務所に行こう」

断ると、その内の一人が近くにあったブロックを両手で持ち上げ、頭上にかかげ五郎に殴りかかった。五郎はブロックをかかげた男の顔面に力一杯パンチを送り込んだ。五郎のパンチがタッチの差で先に届き、相手はブロックを抱いたまま 昏倒した。残りの一人は倒れた相棒を残し、仲間を呼びに近くの組事務所へ掛けていった。その間に五郎は車を運転して現場から立ち去った。これも会社への訴えはなかった。

   東京池袋で線路工夫をしていた時期があった。仕事を終えると毎夜同僚とバーへと繰り出した。些細なことで同僚と口論となった。怒った同僚はビールビンを叩き割って五郎の顔面にちらつかせた。

『先手必勝』

これが五郎の喧嘩の鉄則だ。即座に同僚の顔面にパンチを浴びせた。同僚は顔面血だらけになって倒れた。この時は店のママが110番通報し、警察の厄介になったが、お互い同僚どうしということで、留置されることなく始末書のみで帰された。しかし殴った衝撃で、五郎は右親指を骨折し仕事は辞めざるをえなかった。

   親父も叩いて4針縫う怪我をさせている。

   数え上げれば切りがない。でも神主になってからは、人を叩かなくなった。人格が向上して叩かなくなったのではなく、神社を辞めたくなかったのである。