雨が降れば思い出す。
きょうの京都はしとしと雨。
雨が降れば、ふと思い出す情景がある。
19歳のころ。
生まれてはじめて、ちゃんとお付き合いした、ひとつ年上の男の子。
ふたりで楽しくお酒を飲んで、すこし酔っ払って、
帰り道の夜の小学校の校庭に忍び込んだ。
霧雨が降って、校庭はうっすら暗くて、とてもきれいだった。
ほんのり酔っ払った君が言った。
「きっと、これからの人生で、こういう雨が降った時に、
いまここにおまえといたこの時間を、思い出すんだろうなぁ」
あの時のわたしは「いま」で精一杯で、自分を未来に置いて、
「いま」を「過去」として思い返す、という思考をもった君が、ひどく大人に思えた。
たった一歳しか、違わなかったのだけれど。
君とは、わたしが君を大事にしすぎて、20歳のときに別れた。
25歳のとき、旅先のアフリカの町で、あのときのような
しとしと雨に遭って、ふと、あのときのことを思い出した。
きみはいまでも、こういう雨をみて、わたしとのあの校庭に忍び込んだ
ときのことを思い出すんだろうか、と、ふと思った。
ああいうふうに言ったきみも、こういう雨をみてわたしとのあの校庭の
時間を思い出すわけではないのだろうな、とも思った。
でも、そんな君を薄情だとか、かっこつけたやつだとは思えずに、
「青いってそういうもんだよな」と、ひとりくすくす笑えた自分を、
ひどく大人に思えた。
年をとるのもわるくない。