abarkaのブログ
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季節の移ろい。

仕事ばかりで、しかもなんだか行き詰まっているときには、

心機一転のため掃除に限る。

夕食後、ふと思いたって掃除をはじめた。


自慢ではないが、いつも部屋は適度にきれい。

突然に友人がやってきても、ドアの前で数分待ってもらって

大慌てでお片づけ、ということがないくらいには。


でも、疲れていたり仕事が忙しかったり、うまくいっていなかったり

怠けていたり、とにかくちょっと「だめ」なとき、部屋はどこか、

落ち着いていない。


本棚の本がつらそうにななめの姿勢だったり、

テレビの上やデスクライトの上にほこりがうっすらしている。

机の上に、なぜか一片のピアスが、相方を探していたりする。


そういうこまごまとしたものを片付け、

さぁ、最後に床を内箒で掃き掃き

……していて気がついた。


あ、まだ、扇風機出しっぱなしだった。

落ち着かないはずだわ。

行き詰まるとは、仕事だけでなく、こういうことなのね。



季節のうつろいに、細やかでいたい。

渡月橋。

最近、運動不足。

ずっと座って仕事しているので、体がガチガチ。

そうだ、走ろう。夜に思い立つ。


もうすっかり秋です。しかも晩秋の気配すら漂う

10月末だから、ひんやり。家から走って30分ていどの

嵐山を目指したはいいが、からだが温まるまで肌寒い。


嵐山に到着。

昼間はわんさか人のいる嵐山も、犬のお散歩をする人などが

ちらほらいるていど。ひんやりした静謐。

温まったからだに、川辺の涼しさが気持ちいいです。


渡月橋のあたりで、もってきた水を飲んで休憩。

橋のまわりにほんわか灯る、旅館やお料理屋さんの

明かりがきれい。こんもり佇む山と合わせて、しばしみとれる。



…でもなぁ、

この温かい明りをみたあとで、

ひとりの部屋にえっほえっほ走って帰るの、なんだかさみしいんだよなぁ。

家の明かり、つけっぱなしにしてくればよかった。

ソーラン節

猫も杓子もソーラン節。

平安神宮前にある京都府立図書館にでかけたら、

「京都学生祭」とやらが大鳥居のまえであっていた。

その一環としてソーラン節のダンスが披露されている。


ここ数年で、一気に増えていないだろうか?

自治体なんかが主催する祭りでのソーラン節のダンスの披露。

若者がソフトな歌舞伎風メイクをして、暴走族みたいな恰好をして、

激しくアレンジされたソーラン節を、キラキラと踊っている。


ソーラン節のオリジナルの、舟こぎ歌の哀愁はゼロ。

そこには、若者の盲目で右翼ちっくな雰囲気があるのみ。

もうおなかいっぱいです。


学校の風紀をただして、生徒の団結を高めるために

ソーラン節のダンスがもてはやされだしたのだというが…

そういうのについていけない子供をはじき、ソーラン節のオリジナルが

琴線に触れる子供をはじき、なんだか同じことさせときゃ子供は再生する!

というのは、間違っていると思う。


船底一枚隔てた下は、荒れ狂う北の海。

つまり、放り出されたらひとたまりもない、黒い海。

歌で互いを鼓舞しながら、人だけではない、海をいく鳥や波にも

粋な敬意を感じさせるソーラン節は、こんなふうに従順なキラキラ

した感じで踊られるものではないと、思うのだけどなぁ。


いろんなものが、浅はかに、簡素に、分かりやすく

パッケージ化されていると苦々しい今日この頃。



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