『おわり』と思ったエピソード~後編~ | ハナの着の身着のまま木の実ナナ!

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発達障がいっぽい夫と、色々あって別居してます。脚手術&特支学級通っている小学生娘と暮らす、たまにカサンドラ&統失既往歴、フルタイム勤務2年目の私です。

おはようございます、ハナですチューリップ

 
 
 
続きです。
ちょっと長いお話。
 
 
 
 
 
仕事の転勤で住んでいた街、
その中の当時の自身の生活圏内の地域に行きました。約15年ぶりです。
 
 
 
 
 
豊橋は今住んでるところから距離があるので、なかなか行けないってのもあります。
 
 
 
 
 
それでも、これまで何度も何度もその区域を訪れれる機会はあって。
 
 
 
 
 
だけど、なかなかその区域に足が向きませんでした。
 
 
 
 
 
でも11月中旬のおでかけの時に立ち寄ってみた。
 
 
 
 
 
そしたら、
懐かしくて懐かしくて。
 
 
 
 
 
気持ちははずんで。
 
 
 
 
 
とっても、嬉しかった照れ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時、入社二年目21歳。

ぴちぴち 笑

 

 

 

 

 

「疲弊しているスタッフのカンフル剤になって欲しい!」

と、新店のマネージャーに最初に言われました。

 

 

 

 

 

でも、私は。

配属されてしばらくして体調を崩して休職しました。

 

 

 

 

 

そして復職とともに、最初に配属された職場に戻り、しばらくして会社をやめました。

 

 

 

 

 

期待に応えれませんでした。

 

 

 

 

 

頑張れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会社から少しさかのぼる話をします。

 

 

 

 

 

私は、ですね。

 

 

 

 

 

子どもの頃から、

家族や、周りの大人、、、部活動の先生とか。

あと、同級生とか。

 

 

 

 

 

「弱い」

「気が弱い」

「心が弱い」

「気にしすぎる」

「神経質」

 

 

 

 

 

と、よく言われてきたんですよね。

 

(多分、私は今でいうHSPです。

静かな時間は欲しい。だけども刺激が欲しくて外も出たいタイプかな。

ちゃんとちゃんと調べてないし、専門家じゃないから「私はHSP」って、言っちゃホントに悩んでる人に失礼かなって思うけど。私の子ども時代はその概念がなかったのですよね。

 

それと、本当はマイナスっぽい言葉以上に実は褒め言葉を貰ってたかもしれないけれど。私自身がそのマイナスっぽい言葉に注目しちゃうクセがついちゃってたかもしれない。

やあ、でも。多分自分の「性格」を肯定する言葉は、あんま無かったな 笑)

 

 

 

 

 

それと併せて、

「自分に自信を持て」

「強くなれ」

「もっと頑張れ」

「気にするな」

 

 

 

 

 

という言葉も周りの大人たちからいただいていました。

 

 

 

 

 

「そうなんだ、気になってしまうんだ、そりゃ疲れちゃうよね。

でもあなたは周りのことがよくみえるんだねほっこり

 

 

 

 

 

んな、

優しい「受けとめ」なんて。

 

 

皆無チーン

 

 

 

 

 

なんだか、、、

 

 

 

 

 

周りから言われる「自分」は、アカン気がしてして。

そうあっちゃいかん気がして。

ダメな気がして。

 

 

 

 

 

だから、

強くなりたい。

 

 

 

 

 

なかなかうまくいかんけど、強くなりたい。

 

 

 

 

 

そういう気持ちもあって、

早く就職して世間にもまれたかった。

(↑今考えると短大とか四大とか、ありがたいことに選ばせてもらえたのに生き急いでもったいないことした、かと。)

 

 

 

 

 

なので、

その就職した会社では、全国に転勤OKの区分で就職試験をうけたのです。

 

 

 

 

 

知らない土地に行ったって、

シャーシャーと一人暮らしして、仕事して、

様々なことが一人でこなせるようになりたかった。

 

 

 

 

 

あっけらかんと生きている自分になりたかった。

それが「強さ」への道の一つだと思ってました。

 

 

 

 

 

豊橋は初めての転勤の地でした。

 

 

 

 

 

今振り返ってみると、

まぁ、その会社も会社やなぁタラー色々と体制整ってへんやろチーンって思ったり。

 

 

 

 

 

他、住居のこととか、タイミング悪く色々なことが重なったなって思うから、

 

 

 

 

 

まぁしゃーないわっニヤニヤ

 

 

 

 

 

って思う。

今振り返ると。

 

 

 

 

 

でも、

頑張れなかった、

踏ん張れなかった、

 

 

 

 

 

踏みとどまれなかった。

 

 

 

 

 

豊橋にまつわる何かにふれた時には、

ずーっと、

 

 

 

 

 

胸がやけるような、焦げるような。

 

 

 

 

 

凹むような、申し訳なさなような、怒りなような、、、

 

 

 

 

 

、、、センチメンタル??

 

 

 

 

 

いつも苦いおもいをいだいてきました。

 

 

 

 

 

だけど、

その「苦かった」15年前に自分が居た区域に行ったら、ただただ嬉しかったんです照れ

 

 

 

 

 

 

頑張れなくって申し訳なかった!

頑張れなかった自分が悔しい!

 

 

 

 

 

でも、しゃーなかった!

仕方ない!

 

 

 

 

 

こっから、自分の20代まるまる時間を使っちゃったなーって思う。

けど、

ひいてみたときに、これは生まれてから死ぬまでの間の一部分。

 

 

 

 

 

きっとこの経験は次につながってくし、活かせると思ってる。

 

 

 

 

 

あと。

わー、自分キモいなオエーって思うくらい、

住んでたアパートやカフェバーの場所、道、そこであったことをよく覚えていました。

 

 

 

 

 

思い出は美化される。

ってのを、自制のつもりで何度も言ってしまうけど。

 

 

 

 

 

豊橋に住んでた期間はホントに短かったけれど、それだけ濃かったんでしょう。

 

 

 

 

 

そう思うと、

ここ7・8年ほどの自分を振り返ってみたら、霧がかかったようなぼんやりとしてる気がしました。

 

 

 

 

 

そのぼんやり、もう止めたいナニコ

 

 

 

 

 

精一杯、一日一日を生きようと思いました。

 

 

 

 

 

日々に「精一杯」「一日一日を大事に」ってなかなか意識しとれんタラー

 

 

 

 

 

でも、

生まれたら、人はいつか死ぬもので昇天

 

 

 

 

 

その生まれてから死ぬまでの間、

特に大人になってからは。

 

 

 

 

 

誰も自分のご機嫌をとってはくれないし、私の人生に責任もとってはくれないから。

 

 

 

 

 

だとしたら、

自分で、死ぬまでの日々をなるべく元気にはつらつと、なるべく楽しくしたいなってやっぱり思います。

 

 

 

 

 

思い出って力になるな。

 

 

 

 

 

「思い出が力になる」って部分では電球

にも状況や時期、内容は違えど、

 

 

 

 

 

こんな世界もあるんだよーって経験させたいな、お財布と相談しながら真顔と、思いました。

 

 

 

 

 

あーそれから!

人って。心て。

弱いか強いか、良いか悪いか、

 

 

 

 

 

なんて、そんな単純な話やないよなとも考えました。

その考えって2D?で。

立体的じゃないよなぁとも閃いた。

 

 

 

 

 

アカンくない。

ダメやない。

 

 

 

 

 

そこに対して考えることが深かったり浅かったり、

ある物事に対してアンテナがあったりなかったり、

アンテナも、

高かったり、低かったり。。。

 

 

 

 

 

3D?4D?だったりで、単純なものじゃないよなって思う。

それが良いも悪いも、強いも弱いも、じゃないでしょって。

 

 

 

 

 

本当は自分の価値を他の人に決めさせてなるものか!

とか、

自分が分かってりゃそれでいい!

とか。

 

 

 

 

 

カッコイイたんかをきりたいとこだが。

 

 

 

 

 

大人や親の受け止め肯定ぬきで、

子どもが「そういう自分でOK!」って、なかなかなか!思えないだろうし、

 

 

 

 

 

大人や親が、

子どもの話を聞いたり、

受け止めや肯定してあげるってのをなかなかできずバチっとものを言ってしまう、

全部をすくえない、それもよく分かる。

 

 

 

 

 

でも、なぁ、と。

 

 

 

 

 

とりあえず、

「そういう自分」がいけなくもないし、悪くもないよって。

特に今この時代にも生きづらさ抱える10代の子には、言いたいって思った。

 

 

 

 

 

ああ、そうそう、

手始めに16歳の甥っ子にまず言ってやりたいわ真顔

 

 

 

 

 

めっちゃ話が長くなりましたアセアセ

ただ吐き出したいだけ、独白です、お付き合いいただきありがとうございます!

 

 

 

 

 

11月中旬の東三河の旅にテーマをつけるなら「おわりとはじまり」。

 

 

 

 

 

「おわりとはじまり」の『おわり』は、

豊橋で生まれた強い自己嫌悪と、強い罪悪感と、強い後悔とか。自己肯定感の低さとか。

 

 

 

 

 

あと、豊橋まで持ちこんでいった22歳くらいまでのそれら↑↑もこみこみピンクハートで。

 

 

 

 

 

もう『おわり』なこと!!

 

 

 

 

 

それが、「おわりとはじまり」の『おわり』ですニコニコ

 

 

後悔とかはたまに愚痴らせてね、心揺さぶる強いわけじゃないのよ。

 

 

豊橋の街、好きです。

丘とか、高低差があって、キャベツ畑がいっぱいで、海があって、なんてったって路面電車があるキラキラ

 

 

 

 

 

以上です!

 

 

 

 

 

あー!!

いつの間にやら今日は大晦日ゲッソリ

 

 

 

 

 

「一日一日を精一杯生きたいおねがい」までの貪欲さはなくとも、

なんとなーく、

でもちょっとずつ、今年一年やってきたかなって自身の感想です。

 

 

 

 

 

しかし、一年早いチーン

 

 

 

 

 

ブログ、読んでくださってありがとうございます。

いるも読んでくださる方、今年一年ありがとうございましたニコニコ

 

 

 

 

 

世知辛い世の中です、困難の時代でしょう。

それでも、

来年が皆さんにとっていい一年になりますように。

 

 

 

 

 

ありがとうございました!

来年もよろしくお願いしますグラサンハート

 

 

 

 

 

では、ではではでは!

また更新します流れ星