【統合失調症】病気したことが私の人生の全てじゃない① | ハナの着の身着のまま木の実ナナ!

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発達障がいっぽい夫と、色々あって別居してます。脚手術&特支学級通っている小学生娘と暮らす、たまにカサンドラ&統失既往歴、フルタイム勤務2年目の私です。

こんにちは、ハナですチューリップ

 

 

朝から義姉(旦那さんのお姉さん)のことでイライラすることがありました。

義姉は旦那さんとタイプは違うけれど、この人もなんかあるなぁと思うくらい変わった人です。私の価値観から、ではありますが。

 

 

大したことではない、と思いながらも。

私がそのことを考えていると、思いのほか心が重くなりました。

 

 

 

でも、だからって。私がそのことを考えたからって義姉が私のいいように変わるかっていうとそうでもないし、

何かが解決するわけではありません。




同居する旦那さんならともかく、親戚ではあるけど、よその家の、義姉。

 

 

 

私が嫌な気持ちでいる時間がもったいないだけなので、早く気持ちを切り替えようと思います。

ちょっとこの場をお借りして吐き出させていただきましたウインク

聞いてくださってありがとうございますほっこり

 

 

 

犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬

 

 

 

さて、本題です。

 

 

 

タイトルを考えていた時に書きたい内容をまとめたらこの題名になりました。

書いてからなんか聞いたことあるなぁと思ったら、がんで亡くなった小林麻央さんの言葉と一緒なことに気づきました。

 

 

 

つらい闘病生活真っ最中にブログを開設し、その際にこの言葉を言われた麻央さんの強さと家族への愛情の深さに思いを馳せました。。。

 

 

 

私は21歳のときに初めて心療内科に行きました。

そこでは、うつ症、不眠症、めまいの診断でしたが、そこから病状が徐々に悪化。

 

 

 

23歳の春(だったかな?)に大きい病院の精神科で統合失調症と診断され、閉鎖病棟に4か月弱入院しました。

 

 

 

統合失調症の急性期を経た退院後、消耗期、回復期を、

無職→週一回のアルバイト→週3回ほどのアルバイト→今までのアルバイト+オープン(病気のことを雇用主に知らせてる状態)でのアルバイト掛け持ち→ハローワークの職業訓練→障がい者枠での雇用でフルタイムのパート

 

 

 

と、、、試行錯誤しながら社会復帰していきました。

そして29歳の時に結婚。30歳で出産。で、今に至ります、、、

 

 

 

んで。

前述、その、「ハローワークの職業訓練」の時期位まで、確か私は。

 

 

 

自分が統合失調症になって出来なくなったこと、あるいは薬の影響でできなくなったこと、

(うつ的な陰性症状のほか、「前より」頭がぼーっとしてる、「前より」頭の中で情報や考えがまとまりにくいこと、「前より」考えや思いがうまく話せないこと、「前より」対人や、何かすることに異常なまでの不安と緊張と恐怖と疲れを感じるようになったこと、「前より」あいまいなことに強い不安感等々、、、)

 

 

 

これらに対して目が行きすぎまくっていて、落ち込んだり絶望したり、まったく自信が持てなかったり、前向きになれなかったりで宇宙人くん

 

 

 

それでもチャレンジ、トライ!な気持ちで人と話していた時、

人と話すときに不安と緊張と恐怖が入り混じり、頭の中はそれでいっぱいでアセアセ

 

 

 

当時、「統合失調症のハナです、こんにちは」的なニュアンスでよく話してたと思います。

 

 

 

(初対面の人には言ってないですよアセアセ生活の場で。言葉通りに自己紹介したってわけではなく、ニュアンス。です。)

 

 

 

とにかく対人が怖くって、とても自信がなくって。病気な私です、ていうのを前面に出して、こうですよーこうなんですよアセアセって先に人に言っておいて、ものすごい不安を取り除きたかったり安心できるようにしたかったんだと思う。

 

 

 

「統合失調症のハナです」

って言うのと、

「ハナです、統合失調症です」

って言うのではすごく意味合いが違うと思いますうーん

 

 

 

そう思うのは私だけかなねー

 

 

 

あ、すみません、一つのブログに書ききるつもりでしたが一度切りますガーン

つづき、なるべく早く書きたいですアセアセ

では、では。