所用で五十石町へ行ったので久しぶりに誓願寺を歩いてきました
特徴ある山門、鶴亀門とも
国の重要文化財、1600年頃のものだそうです
そしてここには沼田面松斎の墓があります
初代為信と二代藩主信枚に仕えた軍師です
この沼田面松斎、今の群馬県出身とされていますが、天文学、易学、風水に通じていたそうで、為信の軍師として、津軽の平定や弘前(高岡)城の建築にも大きく関わったとされています
天海とも通じていたそうで、徳川幕府と津軽家の橋渡しにも貢献したとか
戒名が「清光院殿面松斎大居士」この「〜院殿〜大居士」というのは本来藩主にしか許されないものだそうです
二代藩主信枚によって西の鎮守誓願寺に葬られたとされています
ところで墓石に掘られた家紋なのですが
四角が六つ並んでいます
真田家の家紋六文銭にそっくりですよね
津軽為信は関ヶ原の戦いでは秀吉方についています
弘前城内では江戸時代を通じて密かに秀吉像が祀られていました
石田三成の子供たちを匿ったことといい津軽藩は義理堅かったんだなあ、、、
一方で二代藩主には徳川家から正妻をとり藩の基盤を固めた、、、沼田面松斎の人脈、そして占いの知識が藩をまとめたのかも、、、想像すると楽しいですね





