和田秀樹先生の
『老いの品格』 を読む
 
あーばあちゃんを通じて
自らのちょい早めの老いを通じて
10歳年上の夫を通じて
『品よく年を取っていく』
娘まるちゃんのこれからのテーマのひとつなのだ。
 
 
[高齢者による高齢者差別]
そんなことがあるのかと思ってしまうが
元気な高齢者が介護度の進んだ高齢者を自分達から遠ざけようとするのは実際にあるようなのだ。
先生がかつて関与した老人ホームで
要介護度別のスペースをもうけざるを得なかったエピソードが紹介されていた。

 

 サ高住に入ったばかりのあーばあちゃんを思い出す。
5~6人で入れるお風呂があって
入居前の見学のころからとっても楽しみにしていたが
最終的に、その風呂からは閉め出されてしまった。
 
あーばあちゃんが行きたくないといい
施設側もそうしていただければ~という雰囲気
娘まるちゃんも行かない方がよいと判断したので
今さら文句はない。
その後2年間、本来ならヘルパーさんと入る用の小さな風呂に
娘介助で入ることが出来たので
むしろ良い結果にすることができたんだろうと思える。
 
でも、あの時
新しいお風呂にすぐ慣れることが出来ず
ロッカーをうまく使えなかったり
某かのマナーが出来ていなかった誰かに対して
お力添えくださるのではなく
本人と施設に繰り返しクレームを入れた方があったのは事実だ。
心配のあまり、声をかけてくださったのかもしれないが
残念ながら、受取った側の認識はそうではなかった。
 
 
 
 
 
認知症以前なら、憤慨して怒りまくるなり言い返すなりしていたあーばぁちゃんが
シュンとして、悲しそうにしてたのを見て
思いの外、認知症が進んでいる事実を突きつけられたのを覚えている。
介護者と一緒に入って流れの中でできることと
ひとりだけでできるか否かは、全く別物なのだ。
そこを娘まるちゃんもわかっていなかった。
ましてや、住み慣れた我が家ではなかったから。
 
 
助けたい、手を貸そうと思えるのは
まだ私が、老いていないとも言えるのだろう。
余裕というか、冷静というか。
まだ明日ではない我が身だからではないだろうか。

 

 

 

毎日が感謝。ありがとうございます。

 

にほんブログ村