お彼岸ということで
夏祭りの賑わいを避け、夫実家へ
 
お墓参りをし、夫兄と食事をする。
それだけのことだ。
…では、すまないのが田舎町。
 
結婚して、夫実家に行くようになって驚いたこと。
隣近所の人が、勝手にドアを開けて入ってくること
もちろん、誰もドアに鍵などかけていないのだ。
 
首から洋服の内側にぶら下げた鍵が
冬場は冷っとして嫌いだった‥なんてこと、夫には経験がない。
義母は昭和ひとケタ生まれだけど
ずっと働いていたようで…ならば鍵っ子?と思いきや
近所に「お子守さん」のおばさんがいて、学校からそこに直接帰っていたらしい。
隣近所も親戚だらけ。
他人の家も、家族構成からなんから全部お互いさま、知っている。
へぇ。
 
 
話がそれた。
義母が元気でいたうちは、その付き合いも苦ではなかったんだけれど
正直いうと、今は苦手な時間と化している。
 
義母が亡くなった後
少なくとも、ヨメである私にとっては環境が変わった。
男兄弟は気づいていないだろうけれど。
 
自分より上の立場の人がいなくなるということが
小さな村社会で生きている女にとって
これほど影響するとは思ってもいなかった。
 
学生の時、3年生引退によって
2年生がやたらと張り切っちゃうって
あれに似た感じ?全然、違うかな。
私は当然、1年生だ。
 
今まで抑圧されていたものもあるのだろうし
当然に、順々にお座布団が重なっていく人生なのだろうと思う。
否定はしないけれど、理解できないまま数年が経っている。

義母亡き今となっては、誰に何を思われてもいいような気もするし
保守的な部分を持つ夫を考えれば、適当に相槌を打たねばならんという気もするし。

とはいえ面倒なので、地元新鮮野菜を買い込んで
2~3日分の作り置きおかず作りに精を出しているのである。
 
 
どなたさまも悪い人ではない、むしろいい人だ。
だからこそ問題は痛烈なのである。
 
義母は、本格的介護が始まる前に亡くなった。
当時、義兄は退院後の生活に施設を考えていたと思うので
私にとって、義母に対する介護は始まらなかったかもしれない。
結婚後からずっと続いていた『こたつでミカン&おしゃべり』以外の介護はね。
 
 
電車の行き帰りで一気読み。読みながら、思った。
義母との別れはつらかったけど…
あの町で、義母のことだけを考えながら介護ができたかなぁ。
 
義母への花を持たせてくれてのは、私の苦手な人。
ほらね、ありがたいでしょ。
 


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