「勝たなければ自分らしい生き方はできなくなる。でも絶対に勝てるという自信がある
(中田英寿)」




作家の仕事は、知識、経験、想像力で物語を書くことだ。
ただ、優れた作家は本当に伝えたいメッセージは隠す。
ストーリーと外れたところに「しかけ」がある。

そのため、例えば夏目漱石の小説はその細部において今でも新たな解釈が顕れる。

メッセージが隠された文章には深みがあり、いつまでも印象に残り、読み返した時に
違う印象を受ける。

その本を読む前の自分の価値観を少し変えることになる。
そして、価値観を変えてくれるような本の文章は「隙間」が多い。

読み手に想像させる「しかけ」があるように思える。



文学としばしば対比される科学は、それに携わっている人間であれば
社会の人たちに科学の可能性やできることを伝えたいと考えるはずだ。

個人的には科学の役割で大切なことは、まず現段階でできないことを
明確にすることだと思う。


阪神大震災では、理論上倒壊することはないとされていた高速道路があっけなく壊れた。
ある高名な専門家は、地震が起きる前には「サンフランシスコの地震の時のように
日本の高速道路が壊れることはない」と明言していた。

地震後は、「あの大きさの地震であれば、私たちに責任はない」と言葉にした。


一方で、科学の専門家の中には
「自分の知識の限界はここまでで、そこを超える部分に関しては自分には判断できない」
というようなことを言葉にする人たちがいる。
専門家が「わからない」と口にするのである。

そういった人たちのほうが個人的には信頼できる、誠実だと感じる。
また、社会も限界を知らせる科学の在り方を受け入れるはずだ。






文学にしろ科学にしろ、その魅力を感じるところはいずれも逆説的なものとなる。

同様に人間が好ましく思えるのは、その人の弱さが見えたときだ。

元サッカー選手の中田英寿は、現役当時かなり魅力を感じた。
本人自身は、アジア人が活躍したことのないセリエAでのプレーは不安を持っていたはずである。

不安で不安で仕方がないから、力強い言葉を周囲に向ける。
ただ、いついかなる状況でも中田のプレーは倒れそうなとき、倒されそうなとき、
倒れる方向ではなくパスを出す方向を見ていた。

周囲から信頼される「気持ちが見えるプレー」をしていた。



弱さが魅力的な人間の必要な条件であるのなら、
普通の人間なら、魅力的だと思われるのは難しくないはず。
と言い聞かせながら、毎日頑張ってみようと思っている。



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