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自閉症の息子(3歳3ヶ月で診断、現在5歳)のこと、アメリカ生活のこと、私のこと、私が好きなことについて綴っています

3歳3ヶ月で自閉症と診断された弟くんも、もうすぐ5歳になります。

私にとって、濃密なこの2年間。

私の気持ちにフォーカスして、振り返ってみます。

 

弟くんは、

2歳頃から言葉が伸びなくなりなりましたが、

2歳になる直前に、

東京からサンフランシスコへ引越ししたこともあり、

引越し後は

小学校1年生のお姉ちゃんが荒れる毎日に対応していたら、

弟くんのことは忘れられていて、

2歳児検診は2歳6ヶ月の時に受診。

 

この頃は、「男の子っておしゃべりするの遅いな。いつになったら喋ってくれるのかな。」と思う程度。

いつも一緒にいるから、たとえ「あー!」と言ったとしても、

弟くんが言いたいことはわかるし、

たいして気にしてませんでした。

同じ年頃の子と遊んで、あまりの違いにショックを受けることはあっても、

個人差の範疇だと、認めないようにしていました。

 

2歳児検診では、自閉症のスクリーニングに引っかからず、

夏の一時帰国でガラッと変わる可能性もあるから、

様子をみましょうと言われ。

もし心配なら9月にでも来てね、

そうでなくても

3歳の誕生日(12月)には来るように言われ。

 

3歳児検診では自閉症のスクリーニングに引っかかり、

専門医にみてもらうまでの3ヶ月は、

公立学区のアセスメントやら、

専門医から送られてきたアセスメントやらで忙しい日々。

 

「こんなに愛嬌あるから大丈夫。」

「何か普通じゃないものを感じるけど、自閉症であるわけない」

「アメリカの素晴らしい専門家がそれを証明してくれるはず」

「なんなら、もう結構ですって断ろうかな」

なんて考えていました。

 

一方、弟くんは、

2語文、3語文を話すのがやっと。

「おはよう」の返事はアニメで丸覚えした全く関係ないセリフ。

YESの返事は質問を繰り返し、NOの返事はなく黙ったまま。

話しかけられても、まるで別世界にいるように無反応だったり、

そうかと思えば、

自分の欲求は、あの手この手でガンガン伝えてくる。

取りたいものは、私の手を引っ張ってその場に連れて行く。

家にいる時は、熱心に一人遊びするので手がかからず、

外に出ると、好奇心の赴くままに走り回るので、

1秒たりとも目が離せない。

 

後から知った、自閉症によくある症状だらけでした。

 

3歳3ヶ月で専門医に診断された時、

先生は

「彼は幸い、人に興味があるようだけど、

これだけ症状が当てはまるなら、自閉症と診断して良いと思います。

どうですか?」

と言いました。

 

私は、ただうなずくだけでしたが、

心の中は、

普通という枠の中で頑張らなくても良いという、

ほっとした気持ちと、

あーやっぱり普通じゃなかったんだと、

がっかりした気持ちと、

でもどこか、まだ他人事のような

感じがしていました。

 

診断後、

二日間は他人事のままで、

友達と遊んだ時、「やっぱり自閉症だった」と伝えた時も、

冷静でした。

 

三日後、

この事実が現実味を帯びてきたのは、

診断の時に、

先生からアドバイスされた様々なことを、

やり始めなくては、と思った時。

 

「なんで私がこんな目に会わなくちゃいけないの?」

と、わーと涙がこみ上げてきて、

食器を洗いながら泣いたり、

シャワーを浴びながら泣いたり、

1日の中で何度も、

不意に襲ってくる悲しみに、

抵抗することもできず、

声は出さずに、泣いていました。

 

その当時、弟くんが通っていたのは、

森の中の敷地を贅沢に使った、歴史あるプリスクール。

親も一緒に働くのがキマリで、

週2回の通園なのだけど、そのうち週1回は親もずっと園に残ります。

子供はやりたいことを、やりたいだけできるように、

教室は区切られていて、

親たちはそれぞれのブースを任されて、

先生の代わりをします。

 

そのプリスクールのメインTeacherは、

とてもエネルギッシュで、

子供の全てを受け入れる素晴らしい方でした。

一方、親には厳しくて、言うことはしっかり言う。

ビシビシと、指示が出るし、ダメ出しもします。

 

診断結果は、夫からメールして、

先生やボードメンバー(PTA役員みたいなもの)には、

逐一状況を伝えていました。

プリスクールを移る可能性もあったし、

プリスクールに、公立学区のサイコロジストが様子を見にくることもあったので。

 

1日の活動が終わって、

まだ遊び足りない子供達が遊んでいる様子を見ていた時、

診断を受け入れられずに混乱していた私は、

こともあろうに、公の場で涙が止まらなくなりました。

 

その時、私の異変に気づいたメインTeacherは、

私を抱き寄せて、

しっかりハグしてくれて、

「泣きたいだけ泣いたらいいよ」

と言ってくれました。

 

しばらくして、

私が落ち着いてきた頃に、

話してくれたこと。

「私の息子はね、生まれつき目が見えないのよ。

でもね、ちゃんと自分の人生、生きてるよ。

 

弟くんを見てごらんなさい。

あんなにハッピーでいるじゃない。

診断される前と後で、何が違うの?

彼は、彼だよ。何も違わない。

 

ちょっと想像してみてね。

あなたはこれから、新婚旅行に行きます。

南の島にいくつもりで、

水着とか、帽子とか、夏のワンピースとか、

そんなのをスーツケースに詰めました。

気持ちはルンルンよね。

 

飛行機にのって、さあ、着きました。

そしたら、そこはなんと、雪が降る寒い場所でした。

さあ、どうする?

 

あなたは、あったかいセーターと、毛糸の帽子と、マフラーと、手袋と、

そんなのが必要よね。スーツケースの中身を全部入れ替えなくちゃ。

 

わかる?

 

ただそれだけのことよ。

弟くんの、

スーツケースの中身を、ただ入れ替えればいい話。」

 

力強く、温かく、あの当時の私にも、今の私にも、宝物のメッセージです。

 

そして、その場に居合わせた他の親たちは、

私にそっとティッシュをくれたり、

子供達が遊ぶのを見守っていてくれたり、

音もなくそっと教室を出て行ってくれたりして、

いくつもの温かさを感じたのでした。

 

ボランティアを皆がすることで成り立つプリスクールだったから、

預けられる楽さはほとんどなかったけど、

英語がたいしてできなくても、

みんなが受け入れてくれて、

素晴らしい経験と、かけがえのない友達ができて、

私、最高のプリスクールを選んだんだな、って、

思います。

 

(つづく)