長男の広志がナツを部屋のすみに呼んで毛が薄くなった頭を撫でながら聞いた。
「ところでさ、香典はいくら包んだらいいだろうか? 五千円もあればいいか」
「何ですって」
ナツは開いた口がふさがらなかった。
「兄ちゃん何いってるの? 前に自分がいってたこと忘れたわけ?」
「何のことだ」
「山形の武ちゃんが母親の面倒をみてくれているから、母さんが亡くなったときは葬儀の費用を俺が出すからって話していたじゃない、忘れたの?」
「いや、忘れたわけではない」
広志はこのとき札幌で二つの会社の重役をしていた。妻は資産家の娘である。それなのにしるしばかりの香典しか出そうとしない兄にナツはあきれてしまった。
「忘れてないなら何よ? 五千円でいいかだなんて。お金がない私たちだってそれくらいは出すわよ」
「じゃあどうしたらいい」
「最低でも一万円は出しなさいよ」
「わかった。そうする」
広志はバツが悪そうな笑いを浮かべていった。
八歳も年上の兄が妹から助言を受けて決めるという珍事だったが、これだけでは終わらなかった。
幼いときに、常川家に養子に行った忠夫が近づいて来た。ナツより六歳上である。
「ナツ、僕は銀行の仕事で責任ある立場だからあまり休めないんだ。今日帰ってもいいか?」
「そんなこと、私じゃなくてキヨ姉さんに相談したら」
「いやいいんだ。ナツはどう思う? 俺の代わりに女房をよこそうか?」
「わざわざ真冬に、今からお義姉さんが来るには及ばないでしょう」
ナツはそう答えてやった。忠夫はナツの意見を聞いてその日に帰宅した。
このあと、お骨のことでトラブルがあった。嫁の美津子は早く解放されたかったのだろう。忠夫に続いてすぐ広志も帰ることになった日、言葉を荒げていった。
「お義兄さん! お骨をさっさと札幌に持って帰ってくださいな」
そのときもナツは毅然として口を出した。