しかし人類はそこに上書きして生きてきたのである。桜の木を植えたり、公園にしたり、病院や学校を建てたり、遊園地も出現した。そこには憩いがあり、笑いがあり、新しい恋も生まれ、工場ができれば多くの便利なアイテムが作られて、人類はさらに生活を快適にしようとする。
つまり、人間は過去に上書きしなければ生きていけない生き物だということだ。ではあなたはどうだろう。別れた誰かと
行ったカフェには行けないということがあるかもしれない。ある場所に行くと死別したり、生き別れた人を思い出すから辛いということがあるだろうか。
誰でも少しはそうした場所があるのではないかと推察する。何度も離婚を経験した人なら、数えきれないくらい避けたい場所があると思う。だが、しかし、とぼくは言いたい。そんなことを言っていたら行く場所がなくなってしまうではないか。思い出の素敵なカフェに行けないので、どこか違う店で我慢することになりかねない。
それは大変な損失ではないだろうか。そこで必要になるのが上書きだ。そこに新しい思い出を作ればいいのである。新しい友人や恋人を連れて行けばいいのである。悲しみに包まれていた場所は再び明るい思い出で満たされるようになる。消極的な記憶は少しずつ薄らいでいき、積極的なことが脳裏に刻まれていく。
さて、上書きをしたのはいいけれど、前よりもっと悲しい別れが訪れることもあり得ることは理解しておこう。でも先のことを心配し過ぎてどうなるだろう。一つもいいことはないとぼくは思う。スタンダールの墓に刻まれた言葉をまっとうできたら思い残すことはないと思うのだが。
書いた。愛した。生きた。