忘却
Oblivion
 人間の脳はある情報を繰り返し伝えられると記憶していく仕組みらしい。コマーシャルはその手を使って社名や商品名をしつこいくらいに繰り返す。歴史年表や英単語を覚えるのも同じ論法だろう。
 あるいは、たった一度でも、五感と結びついたときに強烈な記憶となって残るもののようだ。災害、事故、犯罪などに巻き込まれた日のことは忘れようにも忘れられない。
 しかし、忘れることは防衛本能の一つであることも注目したい。あまりにも辛い体験や悲惨な記憶から、おそらく当人を守るために脳の記憶回路のブレーカーが落ちると考えられる。するとそこの部分だけが空白になり、忘却は達成される。
 日常の些細なことはどんどん忘れるようになっている。そうしないと、ぼくたちの記憶の引き出しは幾らあっても足りない状態になるだろう。だから、ひと月前のアリバイをあまりにも細かい点まで覚えている人がいたら逆に怪しいと見るべきだろう。すべての日について日記を微細に付けている人ならまだしも。
 ところがである。人間の脳は今の何万倍もの情報を蓄積できるという説もある。些細なことも全部どこかに入っているという。普段は忘れているが、何かあったときに急に思い出す。その日の細部までよみがえることは確かに経験している人も少なくないのではないか。
 サバン症候群というのを聞いた方もいるだろう。記憶能力がずば抜けていて、本は全部覚えてしまうし、細かな数字も一度見たら忘れない人もいる。しかし体や脳の別の面に障害をかかえてしまう人も少なくないようで、そうした人たちの存在も人間の記憶力について考えさせられる。
 つい十日ほど前のことだが、ある家の塗り替えをしていたとき、急に30年以上前のことを思い出した。あ、この家はと気づいたのだ。新聞広告を見てアルバイトをした。二週間ほど頼まれて大工場の構内で働いたわけだ。約束の期間が終わり、元請けにお金をもらいに来た。もぬけの殻だった。見事に逃げられたことがあったのだ。ずっと忘れていた。よく考えたらその家の隣だったかもしれないが、いずれにしても失われていた記憶だ。
 忘却は救いになるのだと思う。そうした嫌なことをいつまでも覚えていたらどうなるだろう。頭の中は恨みで満ちてしまい、性格も手がつけられないくらい歪んでしまうだろう。もうなっている、という声が上から聞こえてくる。
 母が亡くなる少し前に息子であるぼくを忘れたときは何とも悲しかったが、同時に体の痛みや、日常の煩いや、長年の苦労と別れの傷を忘れているのには安堵した。それも神からの贈り物の一つなのだろうか。

 

高岡啓次郎

不安
anxiety
 不安はよく雲にたとえられる。暗雲がたれこめていたといえば、そのあとにはたいてい問題が起きる。あるいは湖面に生じるさざ波も不安の比喩になるし、突然ざわざわと葉を揺らす風なんかもそうだ。
 鬼才寺山修司は血管の中に機関車が走っていると言った。それがもうすぐ心臓を通過すると。その機関車は不安だけではないだろうが、彼の複雑な内面に生じていた何かなのだろう。
 不安になると体に変化が起きる。脈拍は必ず鼓動を速める。血圧は上昇していく。交感神経が働いて睡眠は奪われる。つまりこれは防衛本能だと考えられている。危険を感じているのだ。野生動物は何か命の危険を察知すると、耳をそば立て、鼻をひくひくさせ、瞳は見開いて周囲を見回す。手も足もすぐに逃げ出せるように筋肉が最大限に緊張している。
 人が何かで不安を覚えたときは似たようなことが起きるのだ。はるかに複雑な形を取って現れる。まず不安の対象に疑念が増大する。あの会社は大丈夫なのか。あの人は信用できるのか。この病院は。この医師は。この教師は。妻は。夫は。彼は。彼女は。この化粧品は。どんどん疑念は増大して不安が心をおおうのである。
 疑心暗鬼という言葉は真実をついている。パレイドリアが起きるのだ。これは天井のシミがお化けに見えたり、ガラスに映った影がストーカーに見えたりする、いわば錯覚を引き起こすのだ。
 実はこのことは問題を引き起こす可能性がある。間違えて人を傷つけたり、冤罪を生んだりする。真実の姿よりずっと誇大にものごとを受け止めて失敗することもある。
 だが、不安はしばしば的中することもある。かすかな匂いの変化で病気が見つかり、いつもと違う音が重大な事故を未然に防ぐきっかけにもなる。つまり根拠のある不安は積極的に問題に立ち向かって解決した方がいいのだろう。
 不安のない人はいない。今は夜の八時を過ぎたが、妻が帰ってこない。朝に出て行ったきり連絡をよこさないのだ。ぼくの言い方が悪かったのだろうか。引き出しを調べたら貯金通帳がない。慌てて二階に上がったら置き手紙がる。さあ、どうする。

冷たい夏(2021年8月21日。室蘭民報掲載)

 

                       高岡啓次郎

 

 

冷たい夏は今日も通り雨 きっとお前も震えている。これはサザンオールスターズが歌う『冷たい夏』のフレーズだが、今年はとにかく暑かった。ぼくはこの曲からインスピレーションを得て、同じ題名の小説を書いた。季節の描写はしばしば人間の内面世界のありようを示すメタファーになり得るからだ。小説は母親の介護に来ていた若くて美しいヘルパーに恋をして、夢中になっている五十代の男性を描いたものだ。その人はアマチュア作家であり、母親の死後、二年後に孤独死してしまう。彼の手記にはヘルパーだった人妻との恋愛が綴られている。最後のページに『冷たい夏』の歌詞が綴られていた。真相を知りたくて文学仲間である友人は元ヘルパーを室蘭まで訪ねるが、意表をつかれる。それは全部つくり話だと言われたわけだ。小説を書く人の妄想だとわかり、悲しい気持で札幌に帰ってきた。孤独死した友人のアパートは誰も住んでいない。ところが、階段を降りてきたら老婆に話しかけられる。友人が元ヘルパーと一緒に住んでいたこと。多額のお金が行方不明になっていることを知る。人間世界を巡る季節のうつろいは複雑にして、怪奇だ。良いは悪いで、悪は良い(マクベス)。人間は熱くても冷たくても火傷をする。愛情は憎しみと背中合わせ。友情は妬みやそねみの温床。勇気を誇示する人の持つ臆病さ。優しさが秘めている残酷さ。高慢な人がよそおう見せかけの謙遜。猛暑が続いているが、少し寒くなりたいと思う人はその種の小説を読んでほしいと思うのだが。  

  啓次郎の場合

 

 真夜中にリビングにある電話が鳴った。十二時をまわってすぐだったと思う。最近はほとんどの連絡でスマホを使っているから家電にかかってくることは日中でも少ないのだが。

そのとき啓次郎は隣の部屋に寝ていた。眠りと覚醒のはざまにいたわけだが、夢を見ていた。頭の中に昔の友人が出てきて何やら問答していた途中だったのだ。着信音は冷えて硬くなったパイン材のフローリングによく響いていた。あわててベッドから起きようとしたが、呼び出し音は三回で止まった。

そのとき、啓次郎はハッと思った。今日は十二月四日だと気づいたのだった。昨年の今日、兄があの世に旅立ったのだ。朝の七時過ぎのことだった。十月の中ごろに体調に異変を感じた兄に下された診断はすい臓がんのステージ四だった。それからわずか四十五日後に帰らぬ人になってしまった。

 夜中は冷え切っていた。足元に放り投げていたフリースを肩にかけて二階に上がる。そっと、足音がしないようにして入ったのは、兄の遺影が飾られた部屋だった。照明をつけてじっと見つめる。穏やかな、優しい表情だ。かすかに笑っているようにも見える。

「兄さんだよね」

「そうだよ。気が付いたかい」

「うん、そんな気がした」

「元気なのか」

「うん、まあまあ元気にやってる」

「それならいい。お前は何でも急ぎ過ぎるきらいがあるからゆっくりやれ」

「そうだよね。ぼくは絶えずせわしなく動き回っていた。それはガキのころからの癖だよ」「そうだよ。母さんがよくお前の様子を見て言っていたぞ。ほんとに啓はせわしない子だと。俺はおっとりしていたからな」

「そうだったね。覚えているよ」

「ところでさ」

「なんだ」

「兄さんが生きているときは生意気なことばかり言う弟だったと思う。すまなかったね」

「そんなことないさ。兄弟なんだからケンカをするのは当たり前だ」

「でも母さんが死んでからはほとんどケンカをしなくなったよね。たまにはあったかもしれないけど」

兄の笑う声がした。

「無理するなよ。俺の分も長生きしろ」

「長生きかあ。どうなのかな。それが幸せなのかどうか」

「幸も不幸もあざなえる縄なんだよ。いっついになっているものだ。どちらかだけ手に入れようとするのは無理なんだと俺は思うな。受け入れるんだ。酸いも甘いも。ありのままに生きろ。お前らしく」

「兄さん、いいこと言うね。生きているときは言わなかったよね。そんな哲学的なこと」

「あはは。死んで高見にいったから分かるのさ。お前はまだまだ来るなよ。たくさん書け。俺のことも書いてくれよ。できたら写真の前に置いてくれ。一番最初に俺が読むからさ」

「分かった。書くよ。きっと書く」

「うん、楽しみにしているからな」

そのとき突然部屋の照明がまたたいた。取り替えたばかりの蛍光管だから器具の異常ではなさそうだ。啓次郎は再び階段を静かに下りてリビングに入った。鳴った電話の前に立つ。受話器をさわる。それから目を閉じてありがとうとつぶやいた。

 

 

 5 康志の場合

 

「峰岸康志さんでしょうか」

「はい、そうです」

「こちらは日本文学振興会の新田と申します。このたび芥川賞の選考会において峰岸さんが最終候補に残りましたのでお知らせします。おめでとうございます」

「あー、それはどうも」

「つきましては最終選考会が来週の金曜の夜にございまして、夜には決まると思います。当選した場合はこちらから電話が行きますので、その日ご自宅にいるか、滞在先の電話番号をお知らせ願えますか」

「自宅におります」

 早々に話は終わった。康志の胸はかすかに普段とは違う動悸を打っている。だが以前ほどではない。最終候補に残ったのはもう五度目なのだ。受話器を置いたあと彼は窓辺に立って遠くを見る。函館の街は鈍色に沈んでいる。空は暗く、真昼とは思えない。散らかし放題のアパートの部屋には食べ物が腐ったようなすえた匂いがする。書き散らした原稿用紙がゴミ箱から溢れていて、外の景色は工場やら、錆びた屋根しか見えない。いわば函館の美所からはほど遠いのだった。

 金曜の夜が来たときに覚悟はできていた。今回受賞できなかったら諦めようと。もう書くのはやめる。審査員なんてくそ食らえ。俺を認めない世の中が間違っている。そんな世間に未練なんてない。

 康志は電話の前であぐらをかいたまま目を閉じた。息を止めて過去をさかのぼる。そのひとときには妙な安らぎがあった。自分なりに走り抜けたという気がするのだった。煙草を吸いながら笑う。同時に考えるのは死ぬ手段だった。そうして、電話のベルが鳴らない夜をむかえた。

 

 

 佳乃の場合

 

電話をかけてみてと佳乃は息子に言った。孝史は母親に向かって答える。

「さっきもかけたよ。姉さんはどこかへ出かけているんだよ。きっとかかってくるさ」

「何を言ってるの。かけてよ。心配でたまらないんだから。昨日だって何回も電話したんだ。いつもならとっくにかけてくるのに」

十二月も押し迫っていたころ、八十歳をこえている佳乃は普段の穏やかな顔立ちには似合わない苛立ちをこめた眼差しで息子に訴えかける。

「そうは言っても、和菓子屋さんは年末だから忙しいわけだろう。正月用のお餅を頼まれたりもするだろうし。配達とかに行ってるんじゃないの」

「そんなことない! 絶対に変だ。年末に北海道の海産物を送ったら、必ずすぐに礼の電話をかけてくる。何かあるんだよ。かけてったらかけて。殺されているかもしれないんだから」

身を震わせている母親を見ていたらかけないわけにはいかない。わかったよと言って孝史は姉に再び電話をかけた。携帯電話を姉は持っていないから家電に送信しているわけだが、相変わらず不在のパルス音がするだけだった。

「やっぱり出ないわ。向こうの電話機の調子が悪いか、受話器がはずれているのかもしれないね。また何回もかけてみるからね」

佳乃は黙していた。最近のニュースで千葉県流山市に殺人事件があったことを知っている。

だから殺されているかもしれないと思ったわけではないのだった。娘夫婦の不仲を知っており、娘婿の理不尽で激しやすい性格が、いやというほど胸に焼き付いているのだった。佳乃は娘が旦那に殺されているかもしれないと本気で思ったのだった。

 しかし、その日の夜にやっと電話がかかってきた。忙しくて飛び回っていたのだという。溢れるほどの贈り物に感謝し、こちらからもお菓子やお餅を送るわねと言った。佳乃は笑いながら胸をなでおろした。遠くに離れている娘のことがこうまで心配になる、母親というものの(さが)を考えながら苦笑するのだった。

沙羅の場合


「あなたなのね。待っていたのよ。ずっとずっと待っていたの。どうして今まで連絡をくれなかったの」

五年も付き合って結婚を誓い合った彼が同棲していた部屋から出て行って三ヶ月になる。受話器に向かって沙羅は語り続けた。
「分かっているわ。私があなたを縛りすぎたのよね。あなたを独占したくて、いつもいつも、あなたといたくて甘え過ぎたのよ。でもどうして急にいなくなったの。電話しても出ないし、いったい何があっというの。
 私、ずっと眠れない日々が続いていたの。お医者様から処方してもらった薬でなんとか一時間か、二時間は眠れるようになった。でも辛いの。いつもあなたが隣にいて、一緒に眠るのが習慣になっていたでしょう。あなたがそばにいないと不安ばかりがつきまとうの。
 黙っていないで何か言ってよ。私のこと、もう愛してないの? 親戚にも友人たちにも結婚の予定を知らせたのよ。両親はひとり娘の私のために夫婦茶碗やら、おそろいのワイングラスなんかを早々と買ってきているの。それを入れる食器棚もどんなのがいいかと聞いてきたわ。

どうしたらいい? 私は返事ができないでいるのよ。私に悪いところがあるならはっきり教えて。ちゃんと直して、あなたのいい奥さんになるよう頑張るから。
 ねえ、ねえ、答えてよ。何か言ってよ。
 沙羅は泣き崩れ、相手のいない受話器を握りしめたまま暗い部屋にたたずんでいた。

 

 

電話

 

玲奈の場合

 

粉雪の降る中を帰宅した途端にスマホが鳴った。またあの人だと直感で思った。いつも私が帰ったのを見ていて電話をしてくるのだ。裏のマンションに住んでいる男は私が車を止めるのも見えるし、エレベーターに乗って四階の部屋に歩いて行くのも分かるのだ。
「おかえりなさい。疲れたでしょう。玲奈ちゃんが困らないように車を停める場所の雪をかいておいたから」
「そんなことしなくていいです。自分でやりますから」
「いいじゃないの。どうせ自分の所をやるついでなんだから」

男は電話の向こうで笑っていた。きっとベランダからこちらを見ているに違いない。不愉快だった。受話器を置いてから居間のカウチに腰かけたまま考え込む。
 私は一度だけその男とあやまちを犯したことがある。かつて職場の上司だったとき、何かと病院内での悩み事の相談に乗ってくれたのだが、懇親会でお酒に酔い、帰りに送ってもらう途中、つい出来心でそうなってしまったのだった。
 そのことは絶対に知られたくない。まもなく結婚を予定している彼にバレたらどうなるのだろう。いっそ購入して三年にしかならないマンションを売って他所へ行く方がいいのだろうか。でも、今の状況で売却すればかなりの負債が残ってしまう。どうしたらいいのか分からない。
 夜が更けて、ベッドに入るのに部屋の照明を消した。その途端にスマホが着信を告げた。おやすみなさいという男からの電話なのは番号を見たら分かる。着信を拒否したら何をされるか分からない。どうしたらいいのかと、あれこれ考える。その間も鳴り止まない。

玲奈は逡巡しながら受話器を取れずに震えていた。そのとき、ずっと封じ込めていた殺意が胸の中で不気味に頭をもたげてくるのを感じた。ベテランの看護師だから薬剤のありかは分かっている。それを食べ物に混ぜてあいつを黙らせるのだ。そう思ったとき、そっと受話器を取って言った。
「こんばんは。すぐに出られなくてごめんなさい。どうかしら? こんど一緒にお食事でもしませんか」

 

      

        隆志の場合

 

鳴り止まない電話に彼は怯えていた。投資していたベンチャー企業の株価が紙屑になっ

十年が過ぎていた。あれいらい借金地獄から抜け出せないでいる。いっそ家の電話をはず

してしまいたいのだが、お茶を売る商売を自営でしているから必要なのだ。注文はここ

か携帯電話に半分ずつ入ることになっている。でも、こんなに夜おそくに注文が来るとは

考えにくい。やはり借の返済が遅れていることに絡んだものだろうと彼は思う。このあ

いだ受話器をはずしておいたら、大きなブザーがなって慌てて戻した。それが電話局から

の警告音だと分かった。彼は着信音を絞ってじっとしていることにした。株なんかに手を

出さずに、地道に仕事をしていたら、とっくに家の一軒くらい買えたはずなのだ。そう悔

やんでも遅いのだった。多重債務に陥ってから、嫁の親に穴埋めさせる結果になり、それ

でも埋めきれない負債のためにガラの悪い取り立て屋が頻繁に訪ねてくるに及んで、とう

とう離婚になった。それから彼は孤独の淵に落ちて住所を転々としている。なのに、どう

いうわけだろう。幾らもしないで移転先をかぎつけられて利息が上乗せされた督促が来

る。もう逃げられない。こうなったら自己破産して出直そうかとも思う。そうなると信用

は丸つぶれになるから今までの商売が続けていけるかどうかも不安だった。彼は鳴り止ま

ない電話の前で布団をかぶったまま動けなくなっている。

 

 

岐路

 

人間は岐路に立たされて迷うときがある。道が二股に分かれていてどっちへ進めばいいかが分からない。そんな時が誰でも人生に何度かあるものだ。
 そんなときに必要なのは目線を高くすることだ。地面ばかり見ていたら目ざわりな虫が無数に足下をかすめ、そのたびにヒヤヒヤドキドキ、気が休まらない。
 つまり近視眼的になってはいけないということだろう。日々の値動きで一喜一憂する投資家は大きな利益を得られないという。
 ぼくは昔わりと真面目に聖書を研究していたが、その中にこんな言葉がある。
 義に過ぎる者となってはいけない。どうして身を滅ぼすべきだろうか。
 正義を追求し過ぎると、人は袋小路におちいり、身動きもとれなくなり、精神を病んだり体をこわしたりする。ここで正義と言っているのは何も社会正義のことばかりではない。自分の目から見て正しいと思うことを追求し過ぎると身を滅ぼすことになるというのだ。
 ここはひとつ大きく考えたいものだ。私にとって一番大切なものは何だろう。自分が最も信頼し合える人ほど大切なものはないかもしれない。まずはその人たちから離れないことだ。
 それと、生活に関わる何かの岐路に立っているとき、自分が無人島に来た場合にどうするかを考えてみるのもいいかもしれない。まずは水と食料。たとえ粗末でも雨露をしのぐもの。冷えた体を温めるもの。それらがそろったならまずは一息つけるだろう。やがて住まいに屋根や壁ができ、雨水を溜める木枠もできた。生活水を確保し、お風呂にも入れるようになった。
 つまり、ここで考えたいのはキリがないということだ。どこで満足するかですべてが決まる。人類はいま、快適さを求め過ぎている。そのために多大なエネルギーを消費するようになり、排ガスも二酸化炭素も増え、原発にさえ頼るようになった。誰もがもう少し今より少ないもので生活できたら環境は改善されるだろう。
 さて、地震の後遺症に悩む厚真の皆さんは辛抱のしどころだろう。今の現状では不動産としての価値が限りなく低い。こういうときに手離すのは資産をドブに捨てるようなものだ。まずは自治体が出してくれる資金を精一杯活用し、不動産に付加価値を付けることを考えるべきだろう。マイナスの資産が再びプラスのものに変わる日が必ず来る。それを信じて待つ辛抱強さがあれば、やがて悲しみは癒され、安堵できる日が来るものとぼくは信じている。
 最近ぼくは木の上で六人くらいで暮らしていた人のことを書いた本を読んだ。風が吹くたびに揺れて、豪雨のときは葉っぱの間から水が滴ってくる。
 いま厚真に暮らす人たちは似たような状況かもしれないが、できれば動かないで地盤が強化される日を待つのが賢明だと思う。結果的に資産価値が向上し、やがてどこかに移るにしても有利に働くはずだ。ここは忍の一字だろう。