エッセイ
夢の上書き
そこはたぶん東京のどこかの建物で明るい大部屋だった。ソフトなクッションフロアが敷かれローテーブルがあちこちに置いてあった。ぼくの近くには妻もいて、あとは知らない人ばかりだった。
ところがそこに一人の男性が入ってきた。背が高く、キリッとした整った顔立ちをしているが、どこか疲れているふうで服装もラフなワイシャツと細いジーンズ姿だ。ぼくはすぐに気づいた。そして同時にあるエピソードを思い出した。
「福山雅治さんですよね」
「‥‥‥」
男性は否定もしない。表情はポーカーフェイスのまま。ちょっと迷惑そうだった。ぼくはすぐ言葉をついだ。
「実は前に妻がここで福山さんに会ったことがあると話していたことがあるんです。有名な方なのにとてもフレンドリーで優しく接してくれたといたく感激していたんですよ」
話しながら妻の顔を見ると、そうだとうなずいている。男性はかすかに笑い、そのときのことを思い出したようだった。ぼくは勢いづいて話し続けた。
「実は、ぼくは福山さんがあまり好きではなかったんです。才能あふれ、イケメンで、何もかもが整っているのがたぶん気に入らなかったからだと思います。でも妻から東京でのエピソードを聞いて好きになったんです。偉ぶらないいい人なんだと思いましてね」
福山雅治は笑顔になってぼくたちと同じテーブルに座った。向かい合わせで横には奥さんである吹石一恵もいる。完璧な美男美女とはこういうカップルをさすのだろうとぼくは思った。
そのあとめいめいが忙しくした。ぼくは手洗いに立って再び席について自分の黒いバッグを手にとってファスナーを半分ほど開けたときにはっと気づいた。それは福山雅治のバッグだったのだ。
「あ、すみません、間違えました。ぼくのと似ているので、本当にすみません」
すると、福山雅治は怒ることもなくニヤっと笑って人差し指をぼくに向け、おどけた調子で「やっちゃいましたね」とウインクしたのだった。
その優しい返しを見てぼくはますます彼に好感をもった。
妻も横に座り吹石一恵も向かいにいてしばし語らったあと、帰りぎわに福山雅治はなんとぼくをハグして「すごく楽しかった。どうもありがとう」と言ったのだ。ぼくもハグを返し、横にいる吹石一恵にも笑顔を向けて「私たちこそ思いがけない楽しいひとときでした」と礼を言った。
朝になって夢からさめたとき、ぼくは妻に聞いた。
「きみは前に東京で福山雅治に会ったことがあるって言ってなかったかい? なんか親切にしてもらったとか」
「何を言ってるの。そんなことあるわけないでしょう。あったらみんなに自慢するわよ」
「あ、そうか。いま福山雅治の夢を見たんだよ」
夢の内容を詳しく話した。
「あなたって本当に夢の内容をよく憶えてるわね。感心する」
どこか楽しい気分で朝を迎えたぼくは外を見た。春が来たと思っていたらなごり雪があたりを白く包んでいた。
ぼくは理由なく人を嫌うことがある。話し方が上から目線だとか、顔つきが不遜な感じがして気に入らないとか、上品ぶっているとか、自信たっぷりな態度だとか、理由はさまざまだがどれも根拠はない。実際にその人の内面も知らないうちに嫌いだというレッテルを貼ってしまう悪い癖があるのだった。
それで今回の夢を見たあとに自分の思いに上書きした。
福山雅治はなかなかいい人物だと。