エッセイ
馬を飼う女
高岡啓次郎
松本清張の小説に『馬を売る女』というのがあった。社長が馬主と交わしていた競馬情報を盗聴して金儲けにふける秘書の話だ。どうもおかしいと気付いた社長は有能な部下に調査を依頼する。やがて金をごっそり貯めた社長秘書に女が近づいて誘惑し、金を貢がせるストーリーは面白い。頭はいいのだが容姿に恵まれず男性にもてない女の悲しい性も共感を呼ぶ小説だが、私が今日ここに書くのは金とも色気とも縁がない老婆の話だ。
街中にある小公園で冬の昼下がりに出会った夫人は八十歳前後と思われる。十二月の初旬で、道路のあちこちに氷がへばりついていた。古いビルのタイルや壁の改修作業にいそしんでいた私は外仕事で冷えた体を車のヒーターで暖めながら昼食をとっていた。空は晴れているが気温はマイナス五度と車についているプレートに表示されている。晴れた冬の日に起きる放射冷却が冷え込みを厳しくしていたのだろう。
弁当のふたを開けて冷えたご飯を三分の一ほど食べたころ、ふと外に目をやると、老婆が公園の凍てついた枯芝に身をかがめて、まるでイスラム教徒が地面にひれふすような姿勢でかがみ込んでいるのが見えた。冬用の分厚いレザーの上下を来て頭からフードをかぶっており、口にはコロナ予防と思われるマスクをつけていた。
背中には大きなリュックがあり、地面に顔をこすらんばかりにつっぷしていたが、すぐ横には、これまた大きな紙袋を二つ持っていた。最近は現金をごっそり紙袋につめてホームレス生活をしている人もいるらしい。ショッピングバッグレディというそうだが、この人はどうだろうか。服装は汚れていないようだが。
いったい何をしているのだろうと思った私はカーラジオのボリュームを絞り、フロントサイドの窓を開けた。今にも泣き声が聞こえてきそうに思ったからだが、老婆はいつまでも伏したままでいて、泣いている気配はあるのだが声は聞こえてこなかった。
いったいどうしたのだろうと、私は未知の老婦人に起きていることを思い巡らした。この人は、どんな理由があってこんな寒空の下で地面にひれ伏しているのだろう。苫小牧市内にまれにいるイスラム教徒だろうか。あの大きな荷物は何だろう。家出でもしてきたのだろうか。誰かにいじめられて、たった一人で泣き崩れているのだろうか。あるいは昆虫学者ファーブルがしていたように虫でも観察しているというのか。
さっぱり分からない。興味をひかれた私は車をさらに近づけてみた。静かに、気付かれないように、野生動物にそっと近寄るのと似た感じて移動した。老婆は相変わらず地面に顔をつける姿勢でいたが、まもなく顔を上げた。ふっくらと太った丸顔の人で、遠目にも健康そうに見えた。意外に思ったのは、なんと右手に大きなスマホを持っている。たぶん目が悪いのだろう。それを十センチくらいに近づけて画面をみながら誰かと話している。
「なーんだ。泣いていたんじゃなかったのか」
苦笑いしながら私はひとりごとを言った。老婆が冬の公園で泣き崩れているのではなかったことに安堵していたのは間違いない。少し前まで二つの影像が脳裏をかすめていた。泣いていた母の姿と、姉の面影である。母に関してはひどく泣き崩れていた記憶が少なくとも二回ある。それは私がまだ子どもの頃で、何気なく通った奥の部屋で母が布団に顔をうずめて号泣していた影像が最も古い。理由は分からない。しかし、そのときの姿勢がまさに目の前で見た老婆と似たようなかっこうで腰と背中を丸めて突っ伏していたのである。
大人になってから何となく理由を察知できた。父が女を作って家を飛び出していったころであり、そのことで長女から、父さんが出て行ったのは母さんのせいだと責められていたことが何回もあったと聞いたからだ。そういえば居間には姉がいた。現在七十を超えている私からすれば遠い遠い過去の記憶である。そのときの母は四十代後半くらいだろう。だが、幼い私からしたら、疲れ果てるまで働きずくめだった母は老婆に見えた。
母が泣き崩れていたもうひとつの場面はそう遠くない過去だ。亡くなる数年前だから十五年ほど前だろうか。今は亡き兄と暮らしていた母は何度もいじめられていて、たまたま私が訪問したときも兄から何かを責められている最中だった。間に入って話を聞いたわけだが、感情を取り乱した母をなだめることはできず、何かを言っても、違う違うの一点張りで、身を震わせて叫ぶように泣いていたのだった。
私は誰かが流す涙というものにはなはだしく弱い。泣かれたら簡単に詐欺にもひっかかってしまうかもしれない。だから母であれ、兄であれ、どんな場合でも号泣していた誰かの記憶ほど心を痛めるものはないのである。自分が泣き虫だったせいか、人の涙には少々敏感すぎるといえなくもない。世の中には嘘泣きがいくらでもあり、オレオレ詐欺なんかは全部がそうした手法の上に成り立っているわけだが、見分けるのはなかなか難しい。
公園に突っ伏した老婆を見たときによぎった想いは母だけでなく現在の姉のこともあった。ちょうど同じくらいの年齢である。小樽で独り暮らしをしている姉はどうしているだろう。八十を過ぎてもなお仕事をしていると聞く。車を運転して弁当を届ける仕事だというが、少ない年金をおぎなうために働いているのは間違いないと思われ、それを考えるたびに心が痛むのだった。
とにかく公園の老婆は泣いていたのではなかった。どうやら荷物が多いせいかスマホを地面において顔をぴったり近づけて誰かと話していたのだと分かった。それでも私の好奇心はまだ去ることはなく様子を見ていた。やがて立ち上がり、道路を横切ろうとしたのだが、どこか落ち着かない感じで、キョロキョロと周囲を見回して、道路を渡ったあとも様子が普通でない気がした。
その人は、とぼとぼとこちらの方向に歩いてきた。距離が五メートルほどに近づいたとき私は声をかけないでいられなかった。老婆ではあるが、私の年齢でおばあさんと話しかけるのはやはり失礼だろう。
「おばさん、どうかされましたか。何かを探しているのではないですか?」
すると、話しかけられた当人は歩道から車道を渡り、私が開けた窓のそばに来て言ったのだった。
「私は馬を飼う仕事をしていたの」
私はうなずいて耳を傾けた。そうしたら話が止まらなくなり、とりとめもない話題が次から次と出てきた。老婆が立っているのは車道である。交通量は少ないとはいえ、長話はよろしくない。話の合間に再び口をついて出てくる。
「私は馬を飼う仕事をしていたの」
私がキョトンとしているのにはおかまいなく話は続く。
「今日は自分を選んでくれてありがとうと電話をしていたの。こんな私でいいのかしらと言ったわ」
どうも意味不明だったから私は少しさぐりを入れた。
「おばさん、気をつけた方がいいですよ。その人は知ってる人ですか?」
「いや、知らない人。でも私を選んでくれたの。馬を飼っていたことがあるから」
「そうなら、危ないのと違いますか。何かに選ばれたなんて、油断してはいけませんよ。昨今はいろんな詐欺が横行していますからね」
その話をふると、老婆はさらににじり寄って来てこう言った。
「本当に変な世の中だよね。こないだ帰宅したら、たくさん郵便物が来ていて、ポストからかかえて家に入ったの。そして郵便物を部屋で見ていたら誰かが入ってきて封筒を二つ持って行ったのよ」
「えー、マジですか」
「ええ、私は家の鍵を持っていかれなかったかすごく心配になってすぐバッグを見たの。あったからほっとした。鍵束には幾つもの鍵がついていたから、きっとはずす時間がなかったんだと思う。でも私はいやだから部屋の合鍵を作ったの。何でも高くなったわね。二万円もしたんだから」
「えー、そんなに?」
普通は千円くらいでできるのではと思ったが、老婆はいちおう筋道が通ったことを言った。
「そうだよ。高い鍵にしたら、簡単に写しをとれないからね。東京の方はみんなそうするらしいわ」
なるほど、そう言われたら分からないでもない。
「それにしても物騒な話ですね。今は留守に入る空き巣でなく、家にいても泥棒は入ってくるといいますからね」
「私が玄関の鍵をうっかりかけ忘れたからね」
「それにしても誰でしょう、そんな大胆なやつは」
「隣の人さ。二階の人と仲良しで、よく二人でつるんでるわ。仲間だね、きっと」
「なんてことです」
まさか、という言葉を呑み込んだが、車道に立ったまま老婆は話をやめようとしなかったから私ははらはらしてきた。幸いにもビジネス街とはいえ、あまり利用されそうもない裏ぶれた公園は金曜日の午後なのに人通りはなかった。しかし私は会話を切り上げたくて、再び小樽の姉を想いに重ねながら、人に騙されないように。体に気をつけるようにと言った。老婆は何度も頭を下げて帰りかけたが、最後にまたふり向いて、私は馬を飼う仕事をしていたの」とつぶやいて去っていった。そのあとも老婆が視界から見えなくなるまで見ていたが、道が悪いのに足取りはしっかりしていて、まだ十年やそこらは元気でいそうな姿だった。私は何がなんだか訳の分からない会話だと思ったが、この老婆が数日後にどこかで死体で発見されるのではないかと、妙なことを思い巡らしていた。
完