最近の八月は違う。まず厚さが違う、30度を超えるは当たり前。今日は40度の予想がされている。思いは令和8年熊本大地震の被災者。電気インフラ。通信インフラ、
交通インフラに被害を受けて、衣食住に不便を感じ、特に持病、高齢者には過酷な状況。快適な居住空間に過ごし、何もしない天国に今いる。熊本にはせる思いは
あれども、思いのみで過ごしている。身体は不調でこの状態で被災にあったら地獄である。想像力を少し増幅すると東北の大震災、能登半島大震災
で被災した人はどう思っているのだろうか。この十数年で大きな災害を経験したが、防災は進んでいるが「復災:災害復興」の政策は進んでいるのか。自然災害はいつどこで
での位の大きさかはわからない。災害が起こってからの復興は人命に救助、新社会を作る契機になる。伝統文化を継承しながら次世代に連鎖する社会を創生するには知恵と
覚悟が必要。
同じものを復帰させるのはretrofit という。新しいものを入れ替えるのはrehabilitation という。地域社会をretrofitしようと行政は頑張っている。権利の利益相殺も出てくる。
ダムで埋没した村を移転して新しい地域社会を作り成功した事例はない。だからこそ昔の儘の地域社会を復興のイメージとするのであろう。
20年以上前「ふね」を利用した電力と病院船を提案した。復興の拠点を「港・を中心に。限界集落を集めて新しい集落・地域社会を創生して、災害への再生復興モデルを。
日本の政治家はこの話には興味を示したがしたが消極的になる。まだまだ「民意」と「法律制度」行政マンの意識の中で構成されていない。人で不足、医師、看護師、
看護師、労働者が分散されて社会問題となる解決にもなる。行政の壁など「しきり」があると発想はできない。「こころのしきり」をなくすことが災害復興に一番求められるの
ではないか・・
私感
de 非宇宙人