『なごみあう仲間』

「三宝に帰依する」

仏教って何だろうか。

そう思ったとき、たいてい私たちは、なにか観念的なものを想像すると同時に、それとはまったくちがった意味で、現実のお寺やお坊さんやお葬式を考えてしまうのです。しかもその三つの間にはなにか違和感があるような気がしながらも、それ以上考えてみようともしないでいることが多いのです。それは、私たちが仏教の真理を行動に表している人の、人間性あるいは心根にふれていないからだろうと思います。

真理を実践している美しい心根の人に出会ったら、私たちはどんなにかものの見方が変わることでしょうか。

・仏に帰依する

・法に帰依する

・僧に帰依する

この三つが三宝に帰依です

「仏」は歴史上の人物としての釈迦ですが、釈尊のこころは、真理として私たちにもめぐまれているのです。

その内なるこころを呼びさましてくださるのが、眼に見える形となったさまざまな仏像です。

「法」は、釈尊の説かれた教えです。その教えは自己の内なる真理として聴こえるものであり、その内なる真理を呼びさましてくれるのが、文字となって伝わっているのが「お経」です。

 

「仏教伝道協会の人生は丹精より引用させて頂きました」

 

◎三宝に帰依する大事を心に命じ釈尊の説かれた本懐の法華経を信じ念じて法華行者の日蓮聖人を崇め行いを続けさせて頂きます。