『聖徳太子と仏法』
「仏法」
「仏法」と書いたり「法」とはと解説したりすると、むつかしいものと頭から思ってしまうのです。
仏と申しますのは、もちろん釈尊のことをいうのですが、私たちの理想像であります。立派な人間になりたいと私たちは努力したいながら、迷いが多く、なかなか到達できません。
しかし実行することが簡単なのも仏教であります。
たとえば姑さんに対立しているのではなく、これを仏として拝む生活をしてみてはどうでしょう。
「皺の寄ったババア」などと口悪く言わないで「皺の寄ったシワ三十二の少し口うるさい仏さま」と手を合わせたら、姑さんは姑さんで「ミニスカートをはいた、気づかない仏さま」と拝んでくれるかもしれないのです。
仏教はむつかしい教えではないでしょう。
「仏教伝道協会の人生は丹精より引用させて頂きました」
◎相手を敬い相手の姿を合わせ鏡として自分を見つめれば何の争いもなく生活できると思います常に慈悲の心をもって過ごしていきます。
