『今を生きる』
喜びは苦難のはて
明るい家庭作り
陰気臭い家庭で育った子どもは生気もはりもなく、どことなく寂しそうです。子供は元来、生き生きとした活動的なもので、ユーモアを好み、楽しみを求めています。それにかかわらず消極的で、打ち沈みいつもしかめっらをしている子どもは、家庭のひずみをそのまま正直に反映しているのです。これは、ある古い大きな農家の小学校四年生になる子どもの「僕の家」という題の作文です。
「僕の家は村でも有名な立派な家です。お父さんは煙草も酒も飲まないキンゲンな人です。お母さんは毎日だまって働いています。お父さんはお母さんは僕と遊んでくれることがないのでつまらないと思います。でも僕には楽しい時があります。それは村のどこかで人寄せのあった時です。お葬式のあった時です。お父さんはおよばれに行きますが、帰って来る時は赤い顔をしてほろよい加減です。そして「俊坊、遊ぼう」などと言っていつも遊んでくれないお父さんが両足の上に僕の足を乗せて家の中を歩きまわってくれます。僕はとてもうれしいです。まためったに呼んだことのないお母さんの名前を「けい子さん」と呼びます。お母さんもくすくす笑います。僕はそんな晩は楽しくてなかなか寝っかれないくらいです。お葬式の日は楽しいな。また、どこかでお葬式がないかなと思います」暗い家庭の雰囲気が手に取るように書かれています。こういう家庭に育てられていると、だんだん取り越し苦労する悲観論者になってしまうのです。
日蓮聖人のお言葉に「明らかなる事日月にすぎんや。浄き事蓮華にまさるべきや。法華経は日月と蓮華となり」とあります。そして日蓮の名前はここに由来すると申されています。日蓮聖人のみ教えは陽気の宗教なのです。
腹に力を入れ「南無妙法蓮華経」と唱えるうち、必ず陽気にみちた明るい家庭が作られて行きます。子どもたちも明るい良い子に育ってゆくのです。
◎家庭にお題目を唱える声が聞こえれば、すべてが穏やかになり怒りの声が消えていきます。
私も穏やかな心でお題目を唱えて幸せになります。
