『今を生きる』
喜びは苦難のはてに
生きかえらなかった一人っ子
カーシャには、二歳になったばかりの可愛い男の子がいました。
ところが、ある日、急に高熱を出し、三日ほど苦しんだあげく、
死んでしまったのでした。カーシャは、自分も子の後を追って、一緒に死んでしまおうかと、気も狂わんばかりに深く悩み悲しみました。
ある日、カーシャには、「そうだ。この広い世の中には、この子を生きかえらせる薬がどこかにきっとあるに違いない」と思い立ち、村の智慧者のゴータマの所へ出かけました。カーシャの深い嘆きを聞いたゴータマは、
「お気の毒だが、私も死んだ人を生きかえらせる薬など持っていませんよ。しかし、ケシの種を飲むとよいと聞いている。ただし、それは、死人を一人でも出した家はだめだということだ」
それを聞いたカーシャは一軒、一軒くまなく捜しました。
しかし、長い間に死人を出さない家は一軒もありませんでした。
カーシャは、我子を生きかえらせる最後の望みを失い、落胆してゴータマの所へ向かったのでした。
するとゴータマはローソクの灯りをかざし、カーシャに優しく語り始めました。「ほら、この灯ごらん。いつも、どこからか吹いてくる風にゆれ動いているだろう。人間の命も同じことだ。病気や、事故が、いつも風のように私たちに吹き、いつ、どこで命を失うか、誰にもわからない。だから、誰もが、その日、その時を大切にして一生懸命に生きているんだ。すべてのものが、いつもかわらずに存在しつづけることはないという真実をしっかりと掴めば、毎日の生活は充実してくるのです」
この言葉にカーシャは、ハッと我にかえり深く反省したのでした。
日蓮聖人は「まず臨終の事を習うて後に他事を習うべし」と説かれています。
すべてのものは常ではない、ということを悟れば、自ずと道が開けてくるのではないでしょうか。
◎「生老病死」生まれては老いて病になり死を迎える、この四苦より免れません、生涯現役でどう生きるかが大切です、仏の教えにそって生涯を送りたいですね。
