「名僧とは何か」

 

日蓮

・娑婆世界に求める仏国土の具現

立正安国論の献策

「立正安国論」が前執権、最明寺入道時頼に呈上されたのは、文応元年七月のことである。

どんな時期になるのであろうか。日蓮が立教開宗の決意を宣言したのが、建長五年四月二十八日のこと。

そのことによって日蓮は清澄山を追放され、鎌倉の中心に近い松原ヶ谷に草庵を構えた。

 

この頃の鎌倉はどんな状態であったろうか。源頼朝が征夷大将軍に任じられたのが建久三年。日蓮が鎌倉に移り住んだ建長五年はそれから約六十年後である。歴仁元年には鎌倉に大仏が建立され、寛元四年には蘭渓道隆が宋より来日、建長五年建長寺の開山となる。

 

新しい仏教都市鎌倉に新しい進展を示そうとする日蓮。その意欲に燃えた日蓮の前に天災地異が現出する。

 

◎天災地異がもたらされ立正安国論は仏教はどのような救いもたらすのかと問いを発せられている。

立正安国論の意義を悟り学ばせて頂きます。