仏教名言60の知恵」
生老病死の悩みを癒す
おかげさまで生きられる
死を苦にしない心構え
*人生とは、ホテルに一晩泊まっているようなもの
人間の間にも、若死の人もいれば長生きする人もおり、ラクに死ぬ人もいれば苦しんで死ぬ人もおり、不公平だと嘆き、天を呪い、不運は何かの祟りではないのかと気にする人もいよう。
その原因は体質や環境や病原菌の影響などいろいろ挙げられようが、それは何者かの仕業ではなく条件の違いという自然現象で若死にしたからといって必ずしも不幸だとはかぎらない。長生きしたからといって植物人間になり周囲の世話にならないともかぎらない。
死はあくまでも「自分の死」であり、人が本人の幸不幸を勝手に決めるわけにいかないものだ。
また、世の中は弱肉強食の競争世界で強者や富者が生き残り、弱者や貧者が淘汰されて不公平だという意見もあるが、生き残ったからといって必ずしもいつなでも勝ち誇っていられるわけだはない。
強者や富者も最後はやはり死んでいかなければならないのだ。
人間と動植物は自然環境との関係でもエコロジカルな共生関係にあり、人間だけが傑出した存在ではない。
お互いが助け合って生かされ生きているのである。
この人間の死後について釈尊は、その世界があるかないかについては「無記」といって回答を保留し沈黙している。
しかし、釈尊は別のところで、「善業を積んだ人は死後に天界に生まれ、悪行積んだ人は死後に地獄に落ちる」と説いているではないか、あるいは大乗仏教でも浄土教では極楽浄土を想定し、真言密教でも極楽浄土を想定しているではないか、という反論もあろう。
ともかく、仏教ではこの世で立派に生き抜いた人には、よい世界に往生することを約束しているといってよい。
したがって財産や名誉にもとらわれてはならない。往生を願うものは、すべて只今が最後だと思って一生懸命生きなさいというのである。
◎一切衆生すべてが仏の教え十界に生まれ生涯を送ります。
六道輪廻(天界・人間界・修羅界・畜生界・餓鬼界・地獄界)から抜け出し仏になれるよう法華経を正しく行じ日々精進努力します。
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