「仏教名言60の知恵」
生老病死の悩みを癒す
病の悩みを克服する名言
掛けがえのない「今」を大切に活かす
*大事と申すは、今日只今の心なり、それをおろそかにして翌日あることなし
冒頭の句を詠んだ道鏡慧端は江戸時代中期の臨済宗の僧で、若くして江戸麻布の東北庵で師の至道無難から印可を受けて将来を嘱望されていたが、俗を嫌って信濃飯田の正受庵に隠遁したところから正受老人と呼ばれ、枯淡な生活を楽しんだ人として知られている。
しかし、田舎にあっても後進の指導を怠らず、臨済宗の中興の祖とわれた白隠禅師は、この道鏡から指導を受けている。
師は弟子たちに、いつでもどこにあっても修行の場でないところはないと説き、たとえば病気になって床に臥せっているときでも自己を見っめるよい機会であると、次のように述べている。
「古来賢達の人々の、厳谷に身を寄せ、深山に形を隠し給うことは、世縁を遠ざけ、塵務を捨離して、道業純一にはげみ勤めんが為なり、然るに病中を除きて別の山谷なく、病中を避けて外の深山あるべからず」と。
これを現代的に意訳すると、「かっての求道者は一人、俗世間を離れ山奥で修行に励んだが、一人、病に臥せったときもそこと同じ修行の場である」ということになろう。
◎法華経においても「若しは經巻所住の處あらん。若しは園中に於いても、若しは林中に於いても、若しは樹下に於いても、若しは僧房に於いても、若しは白衣の舎にても、若しは、殿堂に在っても、若しは山谷曠野にても、是の中に皆塔を起てて供養すべし」と説かれています、すべてのところが道場であり修行させて頂きます。
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