「仏教名言60の知恵」

生老病死の悩みを癒す

病の悩みを克服する名言

 

ほんとうの愛情の表わし方とは

辱めを受けても躊躇しない仏道精神

*今、この三界は、皆これわが有なりその中の衆生は、悉くこれ吾が子なり。

仏教では「一切衆生、悉有仏性」といい、この世の欲界、色界、無色界の三界のいずれかにあるものは、一応の区別があってもすべて仏となる性質を備えており、皆、仏の子であると説いている。

そして、真の人間になるには、欲界から色界へ、そして色界から無色界へと自分を高めいくことが大切だが、ちょうど母が自分の子をすべてを愛するように、仏はそうしてすべての衆生に慈悲をふりそそいでやまないという意味である。

 

あなたは食べ物も着るものない難民やホームレスを見て「可哀想だ」と思いますか。お金や仕事もなくただブラブラしている人や年老いて病気に罹り、誰も世話する人がいなくて困っている独居老人を見て、「気の毒だ」と同情しますか。おそらく、ふつうの人であったなら、なんとかしてあげたい気持ちを抱くことだろうと思う。

 

こうした困った人への援助は、人間として当然なすべき慈悲や博愛の精神からで、尊い行為にちがいないが、しかし可哀想だからと同情して恵んでやったことに対して、はたしてそれを受け取る側では、心底から感謝するだろうか疑問である。

というのは、与える側の優越感や恩着せがましい行為に対して、受け取る側は劣等感や負い目を担い、内心ではひがみ根性や開き直りがありやしないかと思われるからである。もしそうだとすると、これはほんとうの愛情の発露とはいえないのではないか。

 

これに対して、仏教では「慈悲・喜捨」の「布施」の精神を説いている。

冒頭に挙げた「法華経」には常不軽菩薩という釈尊の前身といわれる菩薩の故事が語られているが、彼は道で出会うすべての人に対して「あなたは招来、仏になるお方です」と言って拝まれたという。中には「馬鹿にするな」と言って彼に石を投げつける者もいたが、けっしてひるまなかった。

なぜかというと、世の中にあるすべてのものに「仏性」があり、ただそれに気づいていないだけだ、それを気づかせるのが仏道修行として受け止めたから、何と言われ、どんな辱しめを受けても躊躇しなかったという。

 

◎わが身やわがモノをすべて相手のために喜んで捧げる「布施」精神を大切にして行いをさせて頂きます。

 

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