「仏教名言60の知恵」

生老病死の悩みを癒す

生の悩みを克服する名言

 

ひとはなぜ悩み苦しむのか

「物事にとらわれない」

豪放磊落の生き見本、傑僧・原担山

明治初期に原担山という傑僧がいた。

師は傑僧修行時代に友人とよく諸国を行脚したが、ある夏、二人で東海道を旅していると、召使いを連れた美しい娘が折から俄か雨の増水で泥川を渡りかねているのに出くわした。これを見た担山はつかつかと娘に近寄り「さあ娘さん、人助けは出家の役、わしが渡してあげるからこの胸につかまりなされ」と、はにかむ娘をしっかり抱きかかえるや川を渡って行った。これを眺めていた友人は心中はなはだ面白くなく「邪淫戒といって、出家者は女の髪の毛一本にも触れてはならない身なのに、こともあろうに胸を抱きしめるとはけしからん」と腹を立て、すたすたと先に行ってしまった。三里を行ったと思われるところで、やっと担山は追いつき「わしをおいてきぼりにしてけしからんじゃないか」と言うと、「貴公こそ実にけしからん。修行の身もわきまえず、うら若き女性を抱きしめるとは何事じゃ」と言い返した。すると担山は「いやはやこれは驚いたわい、わしはとっくにあの娘ことなど忘れているのに、貴公はまだ憶えているのか。あははは。貴公も案外色好みじゃのう」と肩をたたいたので、友人は返す言葉もなく恥入ったという。

 

禅の言葉に「放下着」というのがある。これは「とらわれを放下せよ」という意味であるが、ある婦人が参禅したとき、師家の禅僧から「放下着!」と一喝されて、驚いて下着を脱いで素っ裸になった。

しかし、それでもなおかつ恥ずかしそうにおろおろしていると「まだ女性として羞恥心が残っておる」とたしなめられたという。

 

私たちは物欲、色欲、名誉欲という欲望があり、それへのとらわれの心に執着することを仏教では「煩悩」と言い、それを超越することをすすめている。

 

◎凡夫の身では、煩悩を断ずることは難しいです。

煩悩を断ぜず、諸根を清める法華経の教えを護持します。

 

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