「心のモヤモヤが消える仏教の言葉」
鳥沢廣栄、法恩院住職の著
「心のモヤモヤが消える仏教の言葉」
鳥沢廣栄、法恩院住職の著
「覚悟」
覚悟を決めるのは、意外と勇気がいるものです。
覚悟を決めたつもりでも、腰が引けたり気が変わったりすることもよくある話です。
覚悟は、覚って悟る、と書きます。覚ることをさらに悟るのです。
これは簡単なことではありません。覚ることだけでも大変なのに、さらに悟るのですから、難しいどころではありません。
覚って悟るとは、覚りをあきらめる、という意味でもあります。
あきらめとは、本来は「明らかにする。覚りを明らかにする」という仏教語で、現在で使う「あきらめる」とは異なります。
しかし、覚ることは、一種のあきらめの境地なのかもしれません。
ただし、それは、絶望的なあきらめでなく、積極的なあきらめなのです。
覚悟を決めるということは、その結果が吉と出るか凶と出るか、どちらが出てもいいのだ。と腹をくくることでしょう。やるべきことはやった、最善を尽くした、あとはどんな結果が出ようと、すべて受け入れようと。
最善を尽くしたか、もう道はないのか、ここまでに至る道理は明らかか、本当に打つ手はないのかと、よく検討してから覚悟を決めてください。
◎何の行動もしないのに「あきらめ」てしまっています。
一つの壁にぶつかれば次の行動をしないで、あきらめてしまっています。
もっと深く考え佛智を賜れるよう、すべてを御仏様にお任せして最高の結果が得られるよう行いの大事をすすめさせて頂きます。
一乗会本部教会
