「心のモヤモヤが消える仏教の言葉」

鳥沢廣栄、法恩院住職の著

「心のモヤモヤが消える仏教の言葉」

鳥沢廣栄、法恩院住職の著

 

「お彼岸参り」

春分や秋分の日の前後、お墓参りをしたり、ご先祖の供養をしたりすることをお彼岸参りといいます。この、お彼岸とは、どこの岸のことかご存じでしょうか。

彼岸とは、実は覚りの世界のことを意味します。迷いの世界を「此岸」といい、それに対する覚りの世界を「彼岸」といったのです。

 

お彼岸参りは、善導の「観経定善義」に説くところから始まったといわれています。そこには「春秋に太陽が真西に沈む日があり、阿弥陀如来の極春分と秋分の日に阿弥陀如来の極楽浄土へ往生を願って、沈みゆく太陽に向かってお参りするという信仰ようです。

 

極楽浄土は覚った者が生まれ変わる世界ではありませんが、阿弥陀如来の浄土ということが極楽へ往生できるようにという供養が重なり、現在のお彼岸供養となったのです。

 

春分と秋分の日、沈みゆく太陽に極楽浄土を重ね、阿弥陀如来を念じるのもいいでしょう。阿弥陀如来のお姿が、太陽の中に浮かぶかもしれません。

そうすれば、つらい思いも嫌なことも、沈みゆく太陽と共に消えてなくなることもあることでしょう。

 

私は大慈大悲の御師の、み心により秋季彼岸大法要を厳修して頂きました。

そして多千憶のご先祖様を子孫の菩提心により供養をさせて頂きました。供養を受けられたご先祖様は感涙の涙を流しておられることでしょう。

しかし世の中を見させて頂きますと、ただの休日として自由に使われています。回向供養が受けられないご先祖様は悲しみに沈んでおられます。

みなさんも私と共にご先祖様回向供養させて頂きましょう。

 

一乗会本部教会

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