「心のモヤモヤが消える仏教の言葉」
鳥沢廣栄、法恩院住職の著
「内証」
内証の話ほど内証にならないものはありません。
「内証だけど」と断って話しても、いつの間にか広まっています。
しかし、本来の内証は広まることはないのです。
内証は「内緒・内所」とも書きますが、元になっているのは仏教語の「自内証」です。意味は「自分の心の中の覚りそのもの」です。
それは、言葉では表現できないものでしょう。だからこそ、内証であり秘密であるのです。
言葉で表現しがたいものは覚りだけではありません。人の気持ちも表現が難しいものです。人の心の内そのものを伝えるということは簡単なことではありません。「あなたの気持ちはわかるよ」といいますが、本当に気持ちが伝わっているかどうかはわかりません。多くの場合、そのあとに「でもね」がついてきます。相手の気持ちを知ること、自分の気持ちを伝えることは大変な作業なのです。
だからこそ、言葉を尽くして、根気よく、時間をかけて、よく話をしないといけません。内なる思いは言葉で簡単には伝わらないからこそ、言葉を惜しんではいけないのです。それでも、誰もわかってくれないことがもしあったなら・・・。誰もいないお寺の本堂で本尊様に打ち明けましょう。
内証の話でも大丈夫です。
◎内証とは自己の心の内で真理を悟ることです。心の中の真理や法華経の話をして納得して話が終わりそうになると「でもね」
との会話があり、また初めから話をしたことが思い出されました。
良き思い出です。今は法華経で回向供養させて頂いております。
一乗会本部教会
