「心のモヤモヤが消える仏教の言葉」
鳥沢廣栄、法恩院住職の著
「善知識」
知識はないよりもあったほうがいいです。しかし、知識があればいいというものでもありません。知識には善と悪があるからです。
仏教では、知識は友人や修行仲間のことを意味します。
ですから知識に善と悪があるのです。善い友人のことを「善知識」、悪い友人のことを「悪知識」といいます。
知識を持っことは大切です。それは現代の言葉の意味でも仏教上の意味でもです。しかし、知識も友人もあればいい、というものではありません。
善い知識、善い友人を求めるべきでしょう。悪い知識や悪い友ならば、ないほうがいいのです。お釈迦様は説きます。
「悪い友と行くくらいなら、一人孤独にいるほうがよい」
本当の友人ならば、悪の道へ行こうとすれば止めるべきでしょうし、悪の道へ引きずり込むようなことはしません。悪への道を共にしたり、周囲の人を悲しませるような行為をしたりする友人といるならば、一人孤独に過ごしたほうがよいのです。
善知識を求めましょう。そして自らも善知識であろうとしましょう。
身につける知識も友人も善であるほうがいいのです。
周囲の人たちを悲しませてはいけないのです。
◎善知識は人々を仏の道へ導くことです。
善知識、悪知識と呼び捉えかたによって善くも悪くもなるため善知識を求めさせて頂きます。
一乗会本部教会
