『信じあう人生』

日蓮聖人の生き方

法華経との出会い

日蓮聖人の法華経

・救われざる者への救い

日蓮聖人は、貞応元年二月十六日、今の千葉県南部にあたる安房国長狭郡の東条郷小湊に漁師の子として生まれた。草深い辺土の漁村で岩石のごろごろした磯のほとりに小さな家が寄りそうように軒をならべていた。

善日麿と名づけられた日蓮聖人には特別な血統や家系を持ちあわせていない。「海人の子」「民の子」であり。「石中の賤民の子」であった。

父母は漁をなりわいとし黙々と海に出かけては魚を獲り海苔、わかめを手にして戻ってきた。母は夜もゆっくり眠ることなく幼い善日麿を養育した。

海苔、わかめを見たり食べたりした時、いつも「貧窮下賤」のくらしの中で自分を育ててくれた父母の恩がどんなに重いかを心に刻みつけるのであった。この思いはやがて、出家の身になって恩ある父母を救いたいという決意になってゆく。日蓮聖人は、「世すでに末代に入ってより二百余年。辺土に生を受け、そのうえ下賤、そのうえ貧道の身である」と語っている。これは、どうして父母と自分がかくも貧しく「下賤」といわれる生活をおくり、そのために労苦を重ねなければいけないのか、なぜ救われることなく苦しみ悩まねばならないのか、という疑問を幼少のころから強く持っていたことを告白した言葉にちがいない。

◎日蓮聖人は「海人の子」「民の子」「石中の賤民の子」であった